命ってのはな

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 今になり静かな所に居られる。これまでとても騒がしかった。周りには爆音が響いてた。  戦争に駆り出されていたこの三年間、とてもうるさい状況だった。しかし、今は静かすぎる。  地元の田舎町に戻った時、周りの音が無くなっていた。 「こんなのが俺の町だって言うのか」  家並みなんて無かった。どこまでも瓦礫が続いている。そんなところには鳥の声さえも遠くにしかなくて、ただ静かに自分だけが居る。  生まれ育った町の風景なんてない。戦争に向かう前に結婚をした嫁と見たこともない子供が待っている筈の家までも、今はもう瓦礫の山になっている。  町を見渡せる丘に登ると、その場に座り込んでしまった。人の姿なんてない。完全に無くなってしまった町になっていた。  全てを無くしてしまった。もう残るものなんてない。俺は彼女や子供を守るために戦っていたのに。戦争なんて望んでもなかったのに。守れなかった。  虚無に包まれた俺に重みとして知らせたのは、退役の土産になった拳銃だった。  国の為に人を殺して、命を削り、愛する人を無くした俺に渡されたのはそんなものだった。  だけど、今はこの価値が有るんじゃないだろうか。銃を握りしめ撃鉄を上げると、自分のこめかみに銃口を当てる。遠くの山に銃声が木霊した。 「あんちゃんどうしたんだい?」  音を聞きつけて俺の元にトラックに乗った髭だらけの顔の年齢さえ解らない男がそこに居た。 「死のうと思ったんだ。だけど、怖くなったんだ」 「そんなに簡単に死ぬもんじゃないよ。どれ? 話を聞かせてみな」  男はトラックから降りると、仰向けになっている俺の横にひょいっと座る。  通りすがりの人に話すような事ではない。だけど、今の俺はそんな事も考えるほどまともでも無かった。 「嫁と子がこの町で待っている筈だったんだ。やっと戦争が終わって帰れたのに」  俺が話し始めると、男はポケットから煙草を取り出しながら聞いていた。 「そうだな。この辺も酷い空襲だったらしいからな。被害者も多かったんだろう」  さっきとは男の言葉の重さも違っていた。タバコに火をつけると俺にも差し出している。辞めたタバコを有難くもらって紫煙を吐いた。 「俺は古道具屋なんだ。この戦争で稼げるんだから悪いな。どれ、銃を見してみな。あんちゃんが良ければ買うよ」  古道具屋は綺麗な手をしている。この辺りは酷い状況になっているが、戦争からの帰り道に賑わっている所も有った。こんな町で買って、羽振りの良い所で売れば儲けるだろう。  俺は死ねもしないので、こんな銃に用事はなかった。 「なんなら勲章も付けるよ。そのくらいしか国からは与えられなかった」  俺は古道具屋に銃と従軍勲章を渡した。すると古道具屋は「ふんふん」と二つを見ている。  道具の扱いには慣れている様子で、銃から銃弾を取り出して細部まで確認していた。 「勲章は新品だし、銃も手入れが整っている。これなら高く買える。どうだい?」  提示された金額はそんなに多くはなかった。困っている人から買うのだからそんなものなのかもしれない。  別に俺としてはそんな事はどうでも良かった。要らない物だったから。望んでいたのはこんなものではないんだから。 「構わないさ。おもりにしかならない。好きに持って帰れ」 「だけどな。これは返しておくよ」  隣から古道具屋がなにかを投げた。取るとそれは殻薬きょうだった。 「あんちゃんは生きてるんだ。良いことだってあるさ。それで悪い記憶を消したと思って生きなよ」  まだ若干火薬に臭いを放っている薬きょうを眺めた。全てを無くしたのに、それでも生きると言うことに執着している俺がみじめになる。 「おたくは時間は有るのか? ちょっと戦争の事を話しても構わないだろうか?」 「もちろん構わないよ。そんな話だって、旅の余興にはなるさ」 「余興になるかは解らんぞ」  楽しそうな顔をして聞いていた古道具屋に、俺は厳しい目つきで返していた。  そう、楽しくなんてない。戦争はとても酷かったのだから。
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