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二月の夕暮れ、冬物のコートに身を包み、想望荘に向かって足早に歩いていた。ぽつぽつと梅が咲いていたが、まだまだ陽の光は弱かった。
「手袋を持って来ればよかった」
箱根登山電車の強羅駅で下車し、強羅公園のロウバイやマンサクを眺めていたら、すっかり身体が冷えてしまった。強羅には一度だけ友人と来たことがあった。強羅公園で行っていた陶芸体験教室に二人で参加して、不恰好に仕上がった茶碗を笑い合った。
「萌、来てくれるかなあ」
去年、亡くなった松崎萌とは、五年ほど前に近所の映画館で知り合った。実桜は仕事終わりに、映画館に足しげく通っていた。実桜と萌はいずれも一人で観に来ており、年代や生活スタイル、映画の好みがよく似ていた。お互いに存在を意識していたが、声をかけるまでには至らなかった。しかし、ある日そのチャンスは訪れた。電車の遅延で観る予定の映画の上映時間が迫り、実桜が急ぎ足で歩いていると萌が猛スピードで走って来た。実桜がつられて走り出すと、萌が「ホットドッグ食べるつもりだったのに」と悔しそうに言った。
「私もです」
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