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「私に隙を与えないでください。隙があればろくなことが頭に浮かばないんです。私は最後まで晃君を轢き殺した男として生涯を送ります」
そして四国遍路17年目になった。隆敏は喜寿、牧田は還暦になった。残るは志度寺、長尾寺、大窪寺の三か所となった。88ヶ所詣でを終えて高野山まで行く五日間である。決まりとして去年最後の85番札所八栗寺からスタートをする。隆敏も元気ではあるが膝に痛みを抱えている。一足ごとにずきんと痛みが走る。
「橘さん、大丈夫ですか?少しお休みしましょうか」
隆敏の荷物も牧田が背負っている。牧田の胸ポケットには晃と雅子のツーショット写真が入れてある。
「いやここは一気に行きたい。次が長丁場になる」
志度寺から長尾寺まで1時間半を要する。長尾寺から大窪寺は5時間掛かる。それも健康な人の足である。坂道や階段は隆敏の足では容易ではない。これまでも一昼夜通して歩き続けたこともある。それに比べれば5時間は軽い。そう自分に言い聞かせるが膝痛はひどくなるばかりである。隆敏にとっては地獄のような5時間になる。そして悪い予感が的中した。隆敏の膝がパンパンに膨れて立っているのがやっとの状態である。
「私はあそこの遍路宿でタクシーを呼んでもらう。残念だが歩き遍路の夢はここで諦める」
隆敏の目から大粒の涙がポロポロと零れた。
「ここで待っててください」
牧田は近所に車椅子の在庫がないか聞き歩いた。
「すいませんが車椅子はないでしょうか?」
「爺さんが使うとったやつがあるが、錆びて車輪が回るかどうか?」
機械油を注いでなんとか動くようになった。
「ありがとうございます。結願の際は必ずお返しに上がります」
「どこぞに捨て置きまいよ。車で取りに行くけん電話しまいよ。しかし無理せずに車で回ったら宜しいのに」
「ありがとうございます。17年掛けて今年が最後の年になります。あの方の夢は歩いてお遍路をすることです。どうか成し遂げていただきたいと思っています」
「あの方って親子やないんか?てっきり息子さんか思うとったわい」
主は石段に座る隆敏と牧田を交互に見やった。
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