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「晃は?」
隆敏が首を横に振った。それからずっと泣き続けた。ドライバーは事故当時22歳、牧田義和と言い大型免許を取ったばかりだった。事故は牧田の前方不注意だが、晃の飛び出しも認められた。双方に50%の過失がありそれが裁判にも反映された。隆敏夫妻は納得がいかなかったがどうすることも出来ない悔しさに打ちひしがれた。牧田義和は2年で出所してすぐに謝罪に訪れた。夫婦は謝罪を受け付けず、手土産も投げ捨てた。牧田の謝罪訪問は一年間続いた。訪問は迷惑と諦めたが日雇いの作業員をしながら帰りには必ず立ち寄って玄関前で頭を下げ続けた。仕事が休みの日には晃の墓掃除に出掛けた。それが20年続いた時だった。
「お父さん、あの人は悪い人ですか」
雅子の言葉に驚いた。驚いたのは隆敏も同じ疑問を持ち始めていたからである。
「悪い奴さ、息子を殺したんだ」
それでも隆敏は牧田を許したくなかった。
「どうしてもっと悪い人に轢かれなかったのかしら」
「そんなことを考えるんじゃない、牧田は息子を殺した男だ、生涯怨み続ける。それが私達の試練だよ」
牧田は晃が急に道路に飛び出したことを自分から指摘することはなかった。現場検証から明らかになった事実を弁護士が利用したのである。その翌日隆敏は雅子に内緒で牧田に会いに出掛けた。アパートは木造の古い造りである。隆敏は一升瓶をぶら提げて牧田のアパートの前で待っていた。リュックサックを背負った牧田が戻って来た。
「牧田さん」
初めて名前を呼んだ。牧田は隆敏に気付かなかった。これまで顔を合わすことがほとんどなかったからである。
「ああ、吉川さん」
牧田は驚いて後退りした。
「ちょっと話があって来たんだが時間はあるかね?」
「はい、どうぞ」
真ん中が廊下で両側に部屋がある。
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