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「もっと大変かと思ったわ」
雅子に余裕がある。これくらいの距離ならそれほど苦労しないだろうと安易に考えた。次の金泉寺までは途中休憩しながら小一時間掛かってしまった。五日間で最低五カ所を目標にしている。難儀な雅子のことを考慮して、近くの遍路宿に泊まることにした。
「すいませんね牧田さん。私には無理かもしれません。今年で止めようかしら」
雅子の足はパンパンに腫れていた。それを牧田がマッサージしている。
「奥さん、頑張りましょう、夢を叶えてください。私がこんなことを言える立場ではありませんが。すいません」
牧田は余計なことを言ってしまったと後悔した。一人息子の命を奪っておいて、その母親に頑張りましょうなどと大層なことを言ってしまった。そして年を重ね15年目になった。高知、愛媛県の難所も何とかクリアした。雅子は持病の悪化で体力が著しく低下していた。5分歩けば15分の休憩が必要になっていた。
「牧田君、今年は女房をおいて行こう」
辛そうな雅子を気遣い隆敏は苦渋の決断をした。
「車椅子でいいじゃないですか。私は体力がありますから問題ありません」
牧田の強い希望で雅子は車椅子での遍路旅となった。それは時間の短縮にもなった。
「香川県は比較的、距離が短いですね。楽勝ですよ」
それでも坂道はきつい。牧田は二人に気を遣い苦しくても表情には出さなかった。そしてその翌年雅子が亡くなった。
「牧田君、話があるんだ」
通夜の日である。
「はい」
「君には家族として参列して欲しい」
牧田は固辞した。
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