3人が本棚に入れています
本棚に追加
「ご迷惑序に鋏を貸していただきたいんです」
「何に使う?」
主は突然現れたおかしな遍路に鋏を渡すわけにはいかない。
「丸刈りにしたいんです」
「それならバリカンがあるわい。いきなり鋏なんて言うけん驚いた。あの方連れまいよ。大したことは出来んがあんた丸刈りにするまでお接待させまいよ」
牧田は隆敏を負んぶして接待小屋まで連れて行った。
「おーい、おーい」
奥から野良着の夫人が出て来た。
「ようおまいり」
夫人が笑顔で迎えた。主が事情を話し夫人がバリカンを掛けた。髪の多い牧田は地肌が青い。
「よかったら白装束にしたらどうや。古着けど洗うてあるんじゃけん」
牧田はシャワーを浴びて厚意に甘えた。接待小屋では隆敏が主に二人の関係を明かしていた。
「そうか、そなん深いご関係やったか。あの方も立派だが、心開いたあんたは素晴らしい。もし、うちが同じ経験したなら、許せるかどうか、恐らく憎み続けるじゃろう」
主は感慨深げに言った。
「お待たせしました」
頭を丸め、洗いざらしの白装束に身を包んだ牧田が現れた。
「ああっ」
主人が思わず手を合わせた。
「奥さんからいただきました。少しは遍路っぽく見えるでしょうか?」
「牧田君、ありがとう」
自然と涙が溢れる。
「いやだな橘さん、さあこうしちゃいられません、夢を叶えてください」
夫人がビニール袋を牧田に手渡した。
「紙袋だと雨降りには破けてしまうけん」
隆敏が手にしている紙袋をビニール袋に入れ、口をしっかり結んだ。隆敏を車椅子に乗せる。夫人が隆敏の膝の上にオレンジを二つ置いた。
最初のコメントを投稿しよう!