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「ありがとうございます。結願したら便りを出します」
出発した。
「あんたどうしたの、顔色が悪いんじゃわ」
「あの人がお大師さんに見えた。若い頃の空海さんに見えた」
主は同行二人の背に手を合わせた。
「雨が降らなけりゃええが」
夫人が空を見上げた。丸刈りになって敏感になった地肌に雨粒が落ちた。牧田は空を見上げた。黒い雲が山に掛かってきた。
「橘さん、合羽を着ましょう」
隆敏に合羽を着させた。
「君は?」
「私は雨降りも合羽など着ずに仕事をしています。合羽を着ると蒸れて汗を掻くんです」
雨が激しくなってきた。身体が冷えて来た。熱が出ているのを感じている。車椅子を押す力が萎えて来た。
「牧田君、牧田君」
「はい」
返事をするのが精一杯だった。牧田の意識が薄れてきた。
『神様、弘法大師様、どうか私のために不幸になったこの方を結願させてください』
牧田の手が車椅子のハンドルから離れた。下り坂である。車椅子が前に進んだ。
「おっとっとっと、今ブレーキ掛けますからね」
隆敏の前に変な男が現れた。
「私より倒れている彼を看てください」
「はいはい、順番順番」
男はブレーキを掛けた。
「癪」
天に向かって叫んだ。稲妻と一緒に癪が降下してきた。
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