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輪廻Ⅱ『結願』
二人で四国遍路をしようと決めたのは17年前だった。それも歩いて回る。一年に五カ所、正月とゴールデンウイークと盆休みのどれかを利用する。だから桜の時期や紅葉の時期からは外れている。真言宗の信徒ではない。仏教徒だと思っているだけで特に宗派に拘りも無い。日本人は大概が仏教徒だから自分達もそうなんだろう生きて来ただけである。
四国遍路を始めるきっかけは一人息子の死である。高校生の時に交通事故で亡くなった。息子の晃は自転車通学をしていた。いつも通り弁当箱を自転車の前かごに入れて出掛けた。母の雅子が台所の窓から晃の後ろ姿を見送っていた。ガチャーンと大きな音が雅子の耳に届いた。自宅前の路地から大通りまで直線で70メートル。歩道が狭いので車道に出なければならない。通学の小学生が歩道を占拠している。雅子はその音に驚いて蛇口を閉めた。大通りにトラックの荷台が見える。雅子は素足に突っ掛けで走った。歩道に弁当箱を包んだ赤い風呂敷が転がっていた。晃の自転車がひとつ先の電信柱に寄り掛かっている。雅子はどうして自転車だけがあるのか不思議に感じた。そして道路を見ると何かが横たわっている。雅子にはそれが晃だと認識する理性は失われていた。
「晃、晃、どこにいるの?」
歩道を歩きながら晃を探した。歩道に晃のバッグが落ちている。それを拾いパタパタと手で叩いた。
「しょうがないわねえ」
息子がバッグを忘れたから持って行くと担任に電話しようと家に急いだ。「わーっ」と泣き声がしたので振り返った。若い男が狂ったように泣き叫んでいる。雅子は我に返った。泣いている男の元に走りもう一度道路に横たわっている物を見た。頭から流れている血がもう数センチでトラックのタイヤに辿り着く。靴はお気に入りのスリッポン。片方が脱げている。まさかと思い近付いた。
「晃、晃」
サイレンの音と共に気を失った。雅子は晃とは別の病院に運ばれた。目が覚めると夫の隆敏がぼやけて見えた。
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