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会話が出来ると解るや否や、運転手は明らかに声色やテンションを弾ませ始めた。
途端に辟易しかけたが、事の解決は果たしたので喉から漏れかけたそれを飲み込む。
暇を潰してくれた礼くらいはすべきだろう。
「お名前くらい聞いといて良い?」
「いや、良い」
「いや俺が聞きたいのよ。俺は藍沢仁ね」
「聞いてない」
「言いたいから言っただけだかんね。んでお兄さんは?天パだから天くん──いや天さんとか呼んじゃうよ?ホレホレ」
「殺すぞ」
「わあ怖ぁい」
実弾制裁を望んでいるのかと思いかけ、反射的にまた手を伸ばしかける。
明らかにふざけた呼び名で呼ばれ続けるか、この男を死体に変えてその処理をするか、名前を明かすか。
結局さほど悩みはせず、いずれ死体に変える事にはなるのなら名前を明かすくらい何の損失でも無いだろうと結論した。
「……エンゾ・リッピだ」
「あら。イタリアンなんだ?」
「……黙秘する」
「だってエンゾって確かフェラーリの創設者の名前で、リッピってサッカー選手にいたような。あ、もし気分害したとか違ったらごめんね」
「……言っておくが必要以上に呼ぶなり【エンリコ】と呼んだら気分を害すし殺す」
「……何で?!」
「理由を聞いても殺す」
「だから何で──あいや何でも無いです。エンゾ君ね?ヨーロッパのお名前ってオシャレだよね」
それ以上も以下もない、正に何と無しという口振り。
会話を重ねても気分を害すばかりだろうと踏んでいたが、不意に胸中で何かが柔らかく点灯した。
母や兄と重ねるようであまりそうも思いたくないが、【エンゾ】と二度名付けられた時と同じ感覚だ。
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