戦いの始まり

1/1
前へ
/61ページ
次へ

戦いの始まり

それは、フードが付いた黒いローブを羽織っている。 灰色の翼を携え、背中から発せられる重苦しい空気を纏っている。 息苦しさをも感じるような重い空気。 すぐさま離れなければ危険だと分かっているのに、足が動かない。 (このままではマズい…) 離れたいのに、足は鉛のように重く動かない。 嫌な汗が背中を流れていく あろう事か声も出ない。 (一体、何が起こっている?なぜ、体が動かない?) どうにかして、体を動かそうと足掻いてみる。 しかし、微動だにしない。 私が必死に足掻いていると、それがゆっくりと振り向いた。 黒いフードを目深に被り、隙間から微かに見える目は落ち窪み生気がない。 しかし、唇だけが異様に赤い。 やはり…イルファスだ。 「サビィ様。私、あなたを救いに来ました」 (救うだと…彼女は何を言っている?) その時、腕に巻き付いているクルックが私から離れ、鞭をしならせた。 鞭がイルファスの腕に当たる。 「サビィに何かしましたわね!私が許しませんわ!」 イルファスが、鞭が当たった腕を抑えクルックを睨んだ。 「このオンボロ時計が!身の程をわきまえろ!私に攻撃するなど、100万年早いわ!」 イルファスの手がクルックに伸びる。 クルックは、ヒラリと交わし再び鞭を振るう。 鞭は、再びイルファスの手に当たった。 痛みから手を引いた彼女は、ギロリとクルックを睨む。 その眼光は鋭く、ギラギラと光っている。 クマで縁取られたまぶたは落ち窪み、真っ黒になっていた。 もはや、以前のイルファスの面影はない。 「貴様…手加減してれば良い気になりおって!」 怒りでブルブルと小刻みに震えながら、クルックに手をかざす。 イルファスの手の平から、小さな炎が現れた。 その炎は徐々に大きくなり、30㎝ほどの火の玉となっていった。 その時、私の指先がピクリと動いた。 イルファスの意識がクルックに向いたおかげで、私の体は動くようになったようだ。 彼女は火の玉を片手に持ち、上に放り投げたりキャッチしたりを繰り返している。 「さて…この火の玉をどうしてくれようか…」 そして、イルファスがゆっくりとこちらを向きニタリと笑う。 「サビィ様…私の邪魔する者は、懲らしめないといけません。このオンボロ時計は、前から気に入らなかった…だから、消してやります」 (クルックが危ない!) 私は、急いで自分の翼から羽を1本抜いた。 「羽よ…弓矢に変化せよ!」 私の言葉に羽が反応し光を放つ。 徐々に光が小さくなると、真っ白な弓矢が現れる。 「覚悟しろ!」 イルファスが、クルックに火の玉を投げようと構えた時、私は矢を弓につがえイルファスの腕目掛け放った。 矢は深々と彼女の腕に突き刺さり、血がポタポタと落ちる。 「ギャーッ!」 イルファスが矢を引き抜き、その場にしゃがみ込んだ。 その隙に私はクルックを抱え、その場から急いで離れた。 「クルック!大丈夫か?」 「私は大丈夫ですわ」 クルックは、再び私の腕に巻き付きながら答えた。 私はホッと胸を撫で下ろす。 イルファスは、うずくまり動かない。 ラフィやブランカ、子供達は神殿に向かっただろうか? 神殿へと続く道へと目を向けると、2人が子供達を集めて移動を始めているところだった。 私は2人に駆け寄った。 「ラフィ、ブランカ!イルファスは、今手負いで動けない。避難するなら今だ。ここは、私に任せてくれ!」 「分かった!ブランカ、急ごう!」 「ええ!みんな急いで神殿へ向かうわよ!」 ブランカが子供達を先導し、ラフィが最後尾につく。 不安気な子や怯えている子も多く見られるが、神殿に行けば、ザキフェル様の援護があるはずだ。 皆が神殿へ向け、急ぎ足で歩を進め始めた時、背後から不気味な声が聞こえてきた。 「待て!逃さないと言っただろう…」   振り返るとイルファスが腕の傷を押さえ、ゆらりと立っている。 「私から逃げられると思うな。こんな傷、たいした事ない」 ニヤリと笑い、袖を捲り怪我をした腕をあらわにする。 腕の傷は深く、傷口から血がボタボタと滴り落ちている。 「良く見てろ」 イルファスが、その腕を高々と上げる。 すると、次の瞬間、彼女の傷口が徐々に塞がり始めた。 「何だと…」 私は驚き目を見開いた。 イルファスの傷口が、あっという間に塞がったのだ。 「嘘でしょ…あんなに早く傷が治るなんて…ラフィでも、もっと時間が掛かるわ」 「うん。僕の力では、あれ程までに早くは治せない」 ラフィは癒しの天使。 彼の力は病や傷を癒す力がある。 しかし、彼でも短時間に癒す事はできない。 イルファスに、このような力はなかったはずだ。 「一体…どういう事だ…?」 信じ難い出来事に、私達は自分の目を疑った。 「サビィ様…私はある方と契約して、強大な力を授かりました。私なら、あなたに何でもして差し上げられます。あなたが望むものを全て差し上げます」 イルファスは誇らしげに私を見た。 「契約だと…?一体、誰と契約した?」 私は、とてつもなく悪い予感がした。 禁忌を犯しているのではないか… 「それは、サビィ様でも教えるわけにはいきません。あの方との約束ですから…私は義理堅く誠実な天使だから、約束は守ります」 「義理堅く誠実だと…聞いて呆れる。クルックに攻撃しようとして、その言葉はあり得ない」 「そのボロ時計は、昔から気に入らなかったのです。いつもいつも私に説教しやがって…ここに来てまで邪魔をする。だから、始末しても良いのです」 「自分勝手な言い訳だ」 「ねぇ…サビィ様…私は、あなたに永遠の愛を約束します。決して裏切りません。それに…今の私なら、サビィ様に何でもしてあげられます。ブランカは、あなたをそそのかしています。騙されているんです。だから…救ってあげます」 イルファスが私に近寄ろうと、一歩踏み込んだ時、額のサークレットが光を放った。 見えない壁が彼女の前に立ち塞がる。 「また、この壁か!こんな壁、壊してくれる!」 イルファスは俯き、ブツブツと何かを呟き始める。 「………@#……#……ヲ……」 低く暗い声の為、何を言っているのか聞き取れない。 「ファクネ!!」 突然イルファスが叫び、両手を前方に突き出した。 すると、両手のひらから黒いモヤが一気に噴き出し見えない壁に当たった。 壁はモヤの攻撃に耐え、小刻みに震えている。 「チッ!」 イルファスは、再び黒いモヤをぶつける。 壁は何とか持ち堪えたが、このまま攻撃を受け続ければ崩壊するかもしれない。 「こしゃくな!これでどうだ!」 イルファスは胸の前で両手を合わせた後、手のひらを少しずつ離していく。 50㎝ほど離した所でイルファスは動きを止めた。 「ファイネル・ファグネル・オーヴィエンス!」 彼女が呪文を唱えると、両手のひらの空間にどす黒いモヤの球体が現れた。 そのモヤは少しずつ大きくなっていったが、1mほどまで成長するとピタリと止まった。 イルファスがそれをを抱え、見えない壁目掛け投げ付けた。 地響きと共に壁は再び小刻みに揺れていたが、攻撃に耐えられず亀裂が入ってしまった。 それは、どんどん広がっていく。 亀裂が隅々まで細かく広がった時、大きな音を立てて壁は崩れ落ちていった。 「これは…マズい!皆が危ない!」 振り返ると、ブランカとラフィは子供達と共に走り出していた。 神殿まではまだ距離がある。 (私の力では止める事は難しい…ザキフェル様ならば…止められるかもしれない) 「ザキフェル様!私の声が聞こえますでしょうか?」 私はザキフェル様に呼び掛けた。 「サビィ様、呼んでも無駄です。あの方がザキフェル様を足止めしています。部屋から出られないはずです」 「なんだと…そんな事ができるのか?」 「あの方なら造作もない事です」 絶体絶命…そんな言葉が頭に浮かぶ。 しかし…この絶対的不利な状況を、どうにかせねばならない。 「サビィ様、もう理解されたでしょう?抗おうとしても無駄です。偉大なあの方の前では、ザキフェル様でも太刀打ちできません」 イルファスの風貌や力の変化、彼女の話から禍々しいものを感じる。 (イルファスが契約した相手は…まさか…) 一つの可能性に行き当たる。 (いや…まさか…そんなはずはない…あってはならない…) 私は、不吉な予感を振り払うように頭を振り、イルファスを見つめるのだった。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加