戦うクルック

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戦うクルック

「サビィ様、あなたともっと話していたいのですが…その前に、奴を消さねばなりません。あなたの為にも!」 イルファスは、私の前からスッと消え去った。 直後、子供達の悲鳴が響き渡る。 「まさか…」 嫌な予感が頭をよぎる。 子供達の方へと目を向けると、ブランカの前にイルファスが立ち塞がっている。 「マズい!」 私は目を閉じ念じる。 (イルファスの背後へ!) 目を開けると、私はイルファスの背後に立っていた。 「ブランカ…私はアンタの事が昔から大嫌いだった。いつもいつも上から目線で私を馬鹿にしてた…」 「イルファス…私…そんなつもりはなかったの。あなたを傷付けてしまっていたのなら謝るわ…」 「黙れ!そういう所が嫌いなんだよ!自分は何も悪くない…アンタはいつもそうだ!男に色目を使ってチヤホヤされて…」 「イルファス…そんな…私…」 「黙れ!黙れ!黙れ!サビィ様にまで色目を使いやがって!許さない…」 イルファスがブランカに手を翳し、呪文を唱え始めた。 「……#&……@&?……ン……」 小さな声で聞き取れないが、その声には悪意と禍々しさを感じた。 「これは…止めねば!」 「サビィ!私が止めますわ!」 今まで大人しくしていたクルックが、私の腕から離れ、鞭をしならせイルファスの背中を叩いた。 イルファスが、ゆっくりと振り返る。 「またお前か…おのれ!ボロ時計!一度ならず二度までも…私の邪魔をするとは!」 イルファスの瞳は、憎悪でメラメラと燃えている。 「良からぬ事を仰るからです!」 クルックは、鞭をヒュンヒュンと回しながら言い放つと、それをイルファスの体に巻き付けた。 「クソッ!こんな物、引きちぎってやる!」 イルファスが体に巻き付く鞭に手を伸ばすと、クルックが新たな鞭を出し、両手首に巻き付ける。 足掻けば足掻くほど、鞭はキツく巻き付き縛り上げた。 「イルファス、観念なさい。この鞭は、あなたが暴れれば暴れるほど締め上げますの。サビィにも、ブランカにも手は出させません!ラフィ、ブランカ、子供達を連れて早くお逃げなさい!」 「クルック、ありがとう!ブランカ、急ごう」 ラフィとブランカは、子供達を連れて再び駆け出した。 「これで、安心して戦えますわ!」 クルックの鞭は、イルファスの肌に食い込みギリギリと締め上げる。 イルファスが苦悶の表情を見せる。 「こしゃくな…このボロ時計!」 「時計だからと言って、見くびってはいけませんわ!私は、その辺りの時計とはわけが違うのです!」 クルックは、更に鞭を締め上げる。 鞭はイルファスの肌を裂き、血がポタポタと滴り落ちる。 イルファスは、うめき声一つあげず俯いている。 こちらからは、その表情を垣間見る事はできない。 「観念なさってはどうですか?イルファス。それでは攻撃などできないでしょう」 クルックが更に鞭を締め上げようとした時、俯いていたイルファスが、突然笑い始めた。 「フフフフ…アハハ…アーハッハッ!」 「何を笑っていらっしゃいますの?痛みで頭がおかしくなりましたか?」 「フフフフ…これくらいどうってことない!」 「まぁ!何ですって?」 「私は、昔のイルファスではないんだよ!今の私は、あの方のおかげで強くなった。この天使の国を破壊できるくらいにな!」 そう言い放つと、イルファスは更に足掻き暴れ始めた。 彼女の皮膚が破れる音が辺りに響く。 動く度に、ボタボタと血が滴り落ちる。 鞭は、更に皮膚を破り肉に食い込んでいく。 イルファスの足元に落ちた血が、水溜りと化している。 「ギャーッ!」 イルファスが雄叫びを上げた瞬間、鞭が更に締め付けた。 「バカな…イルファス!それ以上は危険だ!」 私の呼び掛けに、彼女は私に目を向けニヤリと笑う。 その顔色は、血の気も引き青白い。 更に、尋常ではない血が滴り落ちていく。 イルファスは、肩で息をしながら呟く。 「ハァ…ハァ…これ…くらいで良いだろう…」 彼女が血溜まりに目を向ける。 次の瞬間、血溜まりの表面がゆらりと揺れる。 そして、揺れが少しずつ大きくなり、やがて小さな泡が立ち始めた。 泡は現れては弾けていく。 「一体、何をなさってますの?」 クルックが怪訝そうに尋ねる。 しかし、イルファスは答えない。 泡は、途切れる事なく現れては弾けた。 血溜まり一面が泡立っている様相は、不気味であり禍々しい。 「…………@#……&&…ヨ……ン…」 イルファスの呪文に、私もクルックも身構える。 (次は何だ?) 臨戦態勢を整えながら、イルファスに注視する。 すると、血で染められた短剣が血溜まりからたくさん現れた。 そして、フワリと浮き上がると剣先がイルファスに向いた。 (一体、何をしている?) 私は、イルファスが何を考えているのか理解できなかった。 その時、血の短剣がイルファス自身めがけ飛んでいき、締め上げているクルックの鞭を切っていった。 「鞭が…クルック!大丈夫か?」 「これくらい平気ですわ!私の鞭は再生しますの。サビィ、見ていて下さい」 クルックは、鞭をクネクネと動かして見せる。 すると、千切れた鞭の先が見る見る間に元通りになっていく。 「鞭は千切れようが、抜かれようが痛みはありません。私の鞭は最強なのです!」 クルックが得意げに胸を張る。 「クルック…得意になっている所、水を差すようだが、イルファスを見てみろ」 私に促されたクルックが、イルファスに目を向ける。 「あら…まぁ…なんという事でしょう…」 イルファスの傷があっという間に癒えていく。 「これくらいの傷なら、あの方に頂いた力で治す事ができる。私を倒そうなどとは笑わせるな!」 不敵な笑みを浮かべたイルファスは、クルックを見つめながら血の短剣を操り、剣先をクルックに向けた。 「私を本気で怒らせた事を後悔させてやる!」 イルファスが、クルックを指差す。 「短剣!あの時計を串刺しにしてしまえ!」 その言葉が合図となり、複数の短剣がクルックめがけ飛んでいく。 私は、翼から何本も羽を抜くと息を吹きかけ、鋭利な鋼の刃物に変化させた。 「血の短剣を止めろ!」 鋼の羽が、短剣へ向かい飛んで行く。 鋼の羽と短剣がぶつかり合い、金属音が鳴り響いた。 しかし、短剣はもろともせず羽を蹴散らしていく。 (なんだと…?) このままでは、クルックが危ない。 私は力の限り叫んだ。 「クルック!避けるんだ!」 「ダメですわ!動けません!サビィ、私はもう終わりです!お元気で!」 「何を言ってる!動け!動け!動くんだ!」 しかし、クルックは諦めてしまったのか微動だにしない。 「ダメだ…間に合わない…」 私の口からも、諦めの言葉が溢れた。 目の前で繰り広げられるであろう惨状を想像し、私は目を逸らそうとした。 しかし…その瞬間、信じられない事が起こった。 クルックの目前で、短剣がピタリと止まったのだ。 「なぜ、止まる!その時計を破壊しろ!」 イルファスの怒声が響く。 だが、短剣はピクリともしない。 「言う事を聞け!さっさと時計を破壊しろ!」 短剣は、イルファスの命令に従うどころか、力なく地面に落ちた。 「な…んだと?」 目を見開き、落ちた短剣を見つめるイルファス。 その時、地を這うような低く禍々しい声が響いた。 「イルファス!見苦しい。止めろ!そんな時計に執着するな!」 「あの…でも、この時計は昔から私を馬鹿にしていて、気に入らないのです。この期に及んでも邪魔をしてきます」 イルファスの様子が豹変し、突如オロオロとし始める。 「黙れ!イルファス!」 その声は、雷鳴の如く響く地鳴りのようだ。 ビリビリと空気が震えている。 「この声は、一体どこから聞こえている?」 この禍々しい声は、天使の国中に響いているに違いない。 辺りを見回すが、声の主の姿はない。 「サビィ…私…怖いですわ!あの声がとても怖いです」 クルックが恐怖からか、ガタガタと震えている。 間一髪の所で彼女は助かったが、その恐怖心は計り知れない。 私は、クルックに駆け寄り抱き上げた。 「サビィ、あの声は何ですの?とても怖いですわ…今まで聞いた事がない声です」 「残念ながら、私も分からない…」 再び声の主を探す為に辺りを見回すと、神殿に向かうブランカ達の姿が目に入った。 突然聞こえてきた禍々しい声に、子供達が怯えしゃがみ込んでしまっている。 ブランカやラフィが、子供達をなだめている。 神殿までは、まだ若干距離もある。 「子供達がすっかり怯えてしまっている。クルック、君は危険だから巨木の影に隠れていた方が良い」 「サビィ!いけません!私も戦いますわ!」 私は頭を振ると、怯えながら去勢を張るクルックに手を翳した。 彼女の体が光に包まれる。 「この光は君を護り、巨木まで連れて行く。何があっても出てくるな」 「私は、まだ戦えます!私がサビィを守りますわ!」 「ダメだ!クルックを巨木へ連れて行ってくれ。」 一瞬光が強くなると、クルックの体がフワッとと浮かび、巨木の方へと飛んで行った。 「これで良い」 クルックは、暫く巨木から動けないはずだ。 私は頷き目を閉じて念じる。 (ブランカ達の元へ!) 目を開けると、私は子供達をなだめているブランカとラフィの所にいた。 「サビィ!」 「来てくれたのね!」 ブランカとラフィが、ホッとしたように私を見る。 「時間がない。力を合わせて子供達を神殿へと瞬間移動させよう」 「そうだね。それが良い!」 「分かったわ!」 私の提案に2人が頷く。 その時、またあの禍々しい声とイルファスの会話が聞こえてきた。 「イルファス…本来の目的を思い出せ」 「そうでした…目的を見失ってました。申し訳ありません。私が狙うべき標的は奴だ!」 イルファスへと視線を向けると、彼女がこちらへ走ってくる姿が目に入った。 「これは、マズい…ブランカ!君も子供達と共に神殿へ行くんだ!」 「ダメよ!私も残るわ。3人で力を合わせないと子供達を移動させる事ができない!」 「サビィ、ブランカ!とにかく急いで子供達を移動させよう!」 仕方なく私は目を閉じる。 (子供達を神殿へ!) ブランカとラフィも同様に目を閉じ、強く念じる。 3人の思いが1つになり、大きな光が子供達を包む。 その光が徐々に強くなり、目も眩むような閃光を放った。 次の瞬間、子供達の姿は跡形もなく消えていた。 子供達の身の安全が保たれホッとしたのも束の間、気付けば目の前に、イルファスが立っていた。
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