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狂った愛
たくさんのコウモリが頭上を埋め尽くす。
その光景は異様であり、普段は冷静沈着な私も恐怖感を覚えた。
イルファスは、満足そうにコウモリの群れを眺めた後、おもむろに手を伸ばしそれに触れようとした。
しかし、彼女の手はコウモリの体をすり抜けてしまった。
「すり抜けた…どういう事だ…?」
私は自分の目を疑った。
イルファスも、不思議そうに自分の手を見つめている。
再度コウモリの群れに手を伸ばすが、やはり彼女の手はすり抜けた。
ラフィの百科事典を彷彿とさせる光景に、私は驚愕した。
「触れない…なぜだ…」
イルファスは手を見つめ呆然としている。
その時、どこからともなく地を這うような禍々しい声が再び聞こえてきた。
「イルファスよ。少々、計画が狂った。残念だが、私はそこへはいけない」
「そんな…私は、あなた様にお会いできると、この日を待ち望んでおりましたのに…」
「ザキフェルが抵抗している。奴が、我の魔力を妨害しているのだ。そのせいで、私は天使の国に近付けない」
「ザキフェルめ!小賢しい真似を…」
イルファスは両手を強く握った。
その手は怒りからか小刻みに震えている。
「落ち着け!イルファス。」
「しかし…あなた様にお会いできないのなら、私は一体どうしたら良いのでしょう?」
「お前ならば、我の代わりに楽園に変えられるだろう。まずは、この国を破壊しろ!」
私は耳を疑った。
この国を破壊?それは、なんとしても阻止せねばならない。
私は覚悟を決め剣を握る。
イルファスは、あの禍々しい声に意識を向けている。
(今しかない…)
剣を構え呼吸を整える。
そして、無防備な彼女目掛け切りかかった。
振り下ろした剣は、イルファスの肩の皮膚を裂き血が噴き出した。
私は、そのまま彼女の体を一気に切り裂いた。
「ギャッ!」
イルファスは声を上げ倒れ込む。
切り裂かれた傷口からは、赤黒い血が滴り落ちている。
「サ…サビィ様…」
イルファスは私を見上げ、手を伸ばしている。
「すまない…」
目を瞑り剣を振り上げ、彼女の体に剣を突き立てる。
「ウッ…」
力なくイルファスは倒れ込むと、私は突き立てた剣を引き抜いた。
噴き上がる血飛沫。
あっという間に、大きな血溜まりができる。
グッタリとして動かないイルファス。
私は、注意深く様子を見る。
彼女は、怪我を治癒する力がある。
ピクリとも動かないイルファスは、息絶えているようにも見える。
確認しようと身を屈めた瞬間、何かが私の右腕を凄まじい力で掴んだ。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
私は恐る恐る自分の腕を見た。
掴んでいたのはイルファスの手だった。
彼女は血まみれの姿で私を見つめている。
そして、ゆっくりと状態を起こした。
(やはり、治癒したのか?)
私は呆然とイルファスを見る。
「サビィ様、これくらいの傷はたいした事はありません。そんな表情なさらないで下さい」
醜く唇を歪め、イルファスはニタリと笑った。
「サビィ様の剣が、私の体を切り裂いた時、私の心は踊りました。あなたの愛を感じられました」
イルファスは恍惚とした表情を浮かべている。
その姿に私はゾッとした。
「狂ってる…」
思わず口から出た言葉に、イルファスは満面な笑みを浮かべる。
「狂ってる…なんて素敵な言葉でしょう。サビィ様、ありがとうございます。私にとって、最上の褒め言葉です。そう…狂おしいほど、あなたを愛しています」
私は、彼女に掴まれている腕を振りほどこうとした。
その力は凄まじく、どんなに足掻いてもほどけない。
「あらあら、そんなに暴れて…サビィ様らしくありませんわ。あなたは、常に冷静で美しい佇まいでないといけません」
イルファスは笑顔だが目は笑っていない。
その目は捕らえた獲物は離さない…と語っているようだ。
今一度、剣を振り上げる。
剣は、私の腕を掴むイルファスの手首を真っ二つに切り裂いた。
「ウギャーッ!」
私は急いでその場から離れた。
しかし切り離したイルファスの手が、私の腕をガッチリと掴み離さない。
あろう事か、その手は私の腕をキツく締め上げる。
「ウッ!」
彼女の指は腕に食い込み、長い爪が私の皮膚を容易く突き破り肉に突き刺さる。
私の腕からは鮮血がポタポタと滴り落ちた。
「サビィ様、いたずらが過ぎます。これは、ちょっとしたお仕置きです」
イルファスが嬉しそうに舌舐めずりをしている。
「サビィ様…あなたは血までもお美しい…」
あまりの痛みに額には脂汗が滲む。
そして、徐々に意識が朦朧とし目も霞んできた。
イルファスが私ににじり寄る。
彼女から離れようとするが体が動かない。
「サビィ様…動いてはいけません。お体に障ります。私に身を委ねて下さい」
彼女は満足げに目を細めると、血が滴る私の腕へと唇を寄せた。
「イルファス!何を…」
「サビィ様、お静かに。お体に障ると言ったでしょう?」
イルファスは唇を寄せ、滴る血をペロリと舐めた。
「美味しい…これで、私はサビィ様と一心同体となりました。私達は、もう離れる事はありません。誰も私達を裂く事もできません!」
そして、更に私の腕にむしゃぶり付くイルファス。
胸に広がる嫌悪感…
私は、めまいを感じながらも意識を手放した。
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