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幻
どれくらい意識を失っていたのだろうか…
私は朦朧としながらも、ゆっくりと体を起こした。
「ここは一体どこだ…?」
徐々に意識がハッキリするにつれ、辺りが一変している事に気付く。
あまりの暗さに驚いた。
目が慣れてくるにつれ、辺りの様子が徐々に見えてくる。
もはや、美しい天使の国のではない。
黒い雲に覆われた空。
ゴツゴツとした不気味な岩が点在している。
お喋りに興じる花達で溢れる花畑もない。
あるのは枯れて朽ちた木ばかり…
草1本も生えていない。
遠方では炎がメラメラと燃えているのが見え、地響きを伴った叫び声が時々聞こえてくる。
ふと空を見上げると、あちらこちらに雷光が走っている。
「状況を整理しよう…」
私はイルファスと対峙していた。
彼女を倒したつもりだったが腕を掴まれた。
「そうだ!右腕…」
私は恐る恐る自分の腕を見た。
そこには、もうイルファスの手首はなかった。
ホッとしたのも束の間、生々しい傷跡が目に入る。
その途端、あのおぞましい光景が蘇った。
「イルファスが、私の血を口にしていた…」
思い出しただけで背筋が冷たくなった。
私は体を震わせ再び辺りを見渡した。
「イルファスがいない…?」
妙な胸騒ぎがする。
「こうしてはいられない…」
迷った末、空を飛ぶより走る事を選んだ。
急いで立ち上がった瞬間、右腕に痛みが走る。
私は腕をを庇いながら、イルファスを探す為に走り出した。
途中、大きな黒い翼を広げて空を飛ぶものを何度も目にした。
それは目が血走りギラギラと光り、口は耳まで裂け鋭い牙が生えている。
不気味な叫び声を上げながら飛ぶ姿は異様だった。
それは、どこかイルファスと似ていた。
ここはどこなのか…
ブランカやラフィはどうしているのか…
クルックや子供達は無事なのか…
様々な不安が胸に広がる。
私は頭を何度も振り、自分を奮い立たせひたすら走った。
どれくらい走ったのだろうか…
かなり走ったような気もする。
もしかすると、さほど走ってないのかもしれない。
自分の感覚さえ分からなくなっていた。
このまま走って、イルファスが見つかるのかも分からない。
それでも、私は走る事をやめなかった。
すると、前方に小さな光が見え始めた。
暗がりの中で一際輝く光に目掛け走る。
徐々に近くなる光に、私は希望を見いだし必死に地面を蹴った。
「やっと…たどり着いた…」
その光はドーム状でキラキラと輝いていた。
肩で息をしながら、そっと手を伸ばす。
「この光のドームは…ラフィ達か!」
それはラフィとブランカが爆撃を受けた時に、ブランカのネックレスが変化したドームにそっくりだった。
「ラフィ!ブランカ!そこにいるのか!」
私は2人に呼び掛けた。
しかし返事はない。
「ラフィ!ブランカ!無事なのか!頼む…返事をしてくれ…」
私は2人の無事を祈りながら、必死に声を掛けた。
「その声は…サビィかい?」
「ラフィ!そうだ、サビィだ!2人共、無事か?」
「大丈夫よ。今ドームを解除するわね」
ドームが一際眩く光を放った。
その強い光に思わず目を瞑った。
光が落ち着き目を開けた瞬間、目の前にラフィとブランカが立っていた。
ブランカの首には、あのピンク色のネックレスが輝いている。
「ラフィ!ブランカ!」
心から安堵した私は、気付けば2人に抱き付いていた。
ラフィとブランカも私を抱き締め返してくれ、お互いの無事を喜び合った。
「サビィ、腕を怪我をしてる…大丈夫かい?」
「これくらい、なんでもない」
「サビィ…無事で良かったわ…」
私達は暫し抱き締め合った後、改めて辺りを見回した。
「サビィ…ここは一体どこなんだい?」
「ここは…天使の国じゃないわ…」
「それが…私も分からないのだ…イルファスと対峙していたが、不覚にも意識を失ってしまった。目を覚ました時には一変していた」
ラフィとブランカは、呆然としながら私の話を聞いていた。
「とにかく…状況を整理しようか。ここは、天使の国ではない事は明らかだよね。枯れた木と岩ばかりだ…」
ラフィは呟きながら近くの岩に近付き、手を伸ばし岩を触ろうとした。
しかし、彼の手は岩を突き抜けてしまった。
「突き抜けた…これは…百科事典と同じだ…」
ラフィは暫く自分の手を眺め考えていたが、ふと何かに気付き顔を上げた。
「サビィ、ブランカ…これは、実体のない世界だ…」
ラフィの言葉に私は首を傾げた。
「実体がない?どういう事だ?」
「僕の百科事典と似ているんだ…百科事典から取り出した物も、実体がないから触れない。要は再現された世界なんだ」
「再現された世界…よくわからないわ」
「もし、僕の考えが正しければ…ここは天使の国だ」
「ここが…天使の国なのか…?」
私は信じられなかった。
ここには天使の国の面影は全くない。
「うん…僕も信じられないけど…僕達は幻を見せられてるのだと思うよ」
「幻…ならば天使の国は無事なのか?」
「確信はできないけどね。でも…無事であってほしい」
ラフィの言葉に私とブランカは頷いた。
「そうね…無事であってほしいわ」
「この幻から抜け出さねば…」
「うん。抜け出す方法を考えないといけないよね。何か手掛かりがあれば良いんだけど…サビィ、どんな小さな事でも良いから、何か気が付いた事はない?」
ラフィの問い掛けに私は暫し考える。
そして私の頭にある言葉が浮かんだ。
「魔界…」
「え…」
「ごめん、サビィ…もう一度言ってくれる?」
驚きの表情を浮かべる2人を見ながら、私は今一度その言葉を口にする。
「魔界だ…」
「嘘でしょ…」
2人は、あまりの事に言葉を失っている。
その時突然、後方から拍手が鳴り響いた。
振り返ると、そこにイルファスが立っていた。
やはり、彼女の怪我は全て治っている。
私が切り落とした手首も元通りになっていた。
「サビィ様、さすがです。あなたの見解通り、この世界は魔界です」
唇を歪め嬉しそうに笑うイルファスを、私達は呆然と見つめるのだった。
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