18人が本棚に入れています
本棚に追加
攻防と力の譲渡
「お前達の攻撃は、それで終わりか!」
声を荒げ、勝ち誇ったように笑みを浮かべるイルファス。
「いや、まだだ」
私はラフィとブランカの前に立ち、剣を構えた。
「サビィ様。私はあなたとは闘わないと何度言えば分かるのですか?」
イルファスが、半ば呆れたように大きく溜め息をつく。
「言ったはずだ。私は天使達と天使の国を守ると」
「サビィ様。例えあなたと言えど…これ以上の邪魔だては許せません。暫く大人しくしてもらいます」
イルファスは、私に手のひらを向け目を瞑る。
「ルグーレ!」
彼女が呪文を唱えた途端、私の体は全く動かなくなった。
「…………!」
声が出ない。
私はもう一度声を出そうと試みる。
「………」
声が喉に張り付いてしまったような、不思議な感覚…
口を開けば、空気が漏れるような不快な音がするだけだ。
「サビィ様、無駄です。あなたは動けません。勿論、話す事もできません。こちらは危険ですから離れていて下さい」
イルファスが空を指差した瞬間、私の体は上空へと舞い上がり、突然ピタリと止まった。
「サビィ様、そこからラフィとブランカが痛め付けられながら、命を落とす瞬間を見ていて下さい。あなたには、危害が加わらないないように仕掛けを致します」
空中で固定された私の周りに、透明なガラスが張り巡らされる。
「まずは、あの2人に消えてもらいます。サビィ様は、その様子をゆっくりとご堪能下さい」
イルファスは、わざとらしく深々と頭を下げた。
私は、まるでガラスケースに閉じ込められたようだ。
眼下にはラフィとブランカ、そして対峙しているイルファス。
ここで、ただ見ているしかないのか…
私は、どうにかして体が動かないか抗ってみた。
しかし、それは無駄な抵抗だと思い知る。
(ラフィ、ブランカ…すまない…)
私は、心の中で2人に詫びる。
あの2人なら、大丈夫だと自分に言い聞かせ、上空から戦いの行方を見守る。
双方、攻撃と防御を繰り返している。
しかし、ラフィとブランカは苦戦している。
イルファスは、ブランカに執拗に攻撃し続けている。
ラフィはブランカを守りながら戦っている為、負担が大きくなっている。
(私の体が動ければ…)
私は意識を集中させる。
光の球が胸の中で輝いてる様をイメージした。
その光が、どんどん強くなるに従い球も大きくなる。
その輝きが限界に達し球が弾け、光が全身を駆け巡ると指先が微かに動いた。
それをキッカケに全身の強張りが解けていく。
試しに手や腕を動かしてみる。
「問題ないようだ…」
声も出る。
「このガラスを壊さねば…」
目の前のガラスを叩いてみる。
やはり、その程度ではびくともしない。
私は、再び意識を集中し両手のひらをガラスに当て光を集める。
徐々に光が強くなり、ガラス内が輝きに満たされる。
「あと少し…」
ガラスがビリビリと振動し始めた。
更に光を集め続けると、振動が激しさを増していく。
耐えられなくなったガラスにひびが入ると、突然弾けるように割れ粉々に飛び散った。
「やっと、出られた…」
私は、剣を手にすると、急いでラフィとブランカの元に向かった。
「ラフィ!ブランカ!」
私の呼び掛けに2人が振り返った。
「サビィ…良かった…」
「サビィ!出られたのね?」
2人はホッとした表情を見せる。
「心配かけてすまない」
「ううん。とにかく無事で良かったわ」
ブランカが花のような笑顔を浮かべ私を見た。
「まさか…あれを破壊するとは…」
呆然としたイルファス声を耳にし、私は振り向いた。
「イルファス…もう止めるんだ。君は魔界ではなく、天使の国で生きるべきだ」
私の言葉にイルファスは眉根を寄せる。
「サビィ様、無理です。もう後戻りはできません。それに、私は天使の国に居場所はありません。ならば…創るのみ!」
イルファスが顔の前で両腕を交差させ叫ぶ。
「ブランカ!喰らえ!」
その瞬間、イルファスの翼から無数の灰色の羽がブランカ目掛け飛んで行く。
羽は気付けば、全て小さなナイフへと変化している。
ブランカは、一瞬で光の盾を作り全てを跳ね返した。
「小癪な!」
イルファスは、剣を構えブランカに向かって行った。
ラフィと私は、ブランカの前に立ち塞がる。
一瞬イルファスは怯んだが、私を避けラフィに切り付けた。
「邪魔なんだよ!どけ!」
ラフィは、その剣を一旦受け止め払い落とす。
「どかないよ。ブランカに手出しはさせない」
「くそっ!」
イルファスは一旦後方に下がり、目を瞑り胸の前で手を合わせる。
次の瞬間、3人 のイルファスが現れた。
「分身か…これは、少々厄介だ…」
私は思わず呟く。
分身はイルファスから離れ、私やラフィ、ブランカの元にやって来た。
「一気に肩を付けさせてもらう」
4人のイルファスは、一斉に言葉を発しニヤリと笑った。
「サビィ様、あなたは私を相手をして下さい。ブランカの所には行かせません」
私の目の前のイルファスが剣を構える。
「でも、ご安心下さい。私はあなたを傷付けるつもりはありません」
「何をふざけた事を…」
イルファスの分身を睨み、剣を構える。
「フフフ…目的はブランカに近付けさせない為ですから。私が美しいあなたを傷付けるなど、あり得ません」
イルファスの分身は、私に駆け寄り剣を振り上げた。
ヒラリとかわすと、彼女は一拍遅れて振り下ろす。
空を切る剣。
明らかに、わざと剣を振り下ろすタイミングを遅らせているのが分かる。
肩から腹部目掛け切り付けるが、分身の剣が受け止め、金属音が響く。
交差する剣、ぶつかる視線。
分身は薄らと笑みを浮かべている。
「このような戦いは時間の無駄だ。私はブランカの元に向かう」
私が告げると、彼女の顔からスッと笑みが引いた。
「そんな事はさせません」
分身は、私を押し返し後方に下がる。
剣を構えると、彼女は矢のようなスピードで、私に隙を与える間もなく何度も剣を振るう。
私は、それを剣で受け時にかわした。
「サビィ様、もうブランカの事は諦めたらどうですか?彼女は、かなり苦戦しています。もう時間の問題です」
分身は剣を下ろし指を差した。
目を向けた先で、ブランカが分身と戦っている。
確かにブランカは苦戦している。
分身の攻撃に押され、今にも倒れそうだ。
「ブランカ!」
ブランカの元に向かおうとした時、分身が行く手を阻んだ。
「行かせるわけにはいきません」
分身の執拗な攻撃に、私は苛立ちを感じていた。
(これではキリがない。何か策はないのか…)
思考を巡らせ、一つの考えに行き着いた。
私は髪を1本抜き息を吹きかける。
それは、うねうねと動きながら長く太くなり、ロープへと変化していった。
私は、それを掴むとイルファスの分身に向かって投げ付けた。
ロープはクネクネと動きながら、彼女に向かって行く。
「くっ!何だこれは…」
イルファスの分身は、剣で叩き斬ろうとするが、ロープは器用に掻い潜り彼女の体に巻き付いていった。
「やめろ!放せ!」
どうにかして解こうと争うが、抵抗も虚しくロープは固くキツく巻き付いた。
私はそれを確認すると、イルファスの分身に駆け寄り振り上げた剣を一気に振り下ろす。
「ギャッ!」
分身は悲鳴を上げ、跡形もなくスーッと消えていった。
私は深く息を吐くと、ラフィとブランカを見た。
2人共、イルファスの分身の攻撃に苦戦していた。
再び自分の髪を2本抜き、息を吹きかける。
うねうねと動きながらロープに変化したそれを、分身2人に投げ付けた。
ロープは、クネクネと動きながら2人の体に巻き付いていく。
「何だこれは!」
「放せ!」
分身は必死に争うが解けるどころか、更にキツく締め上げる。
「ラフィ!ブランカ!今だ!」
私の呼び掛けに2人は頷き、分身を斬り付けた。
「ウッ!」
「キャッ!」
イルファスの分身は短い悲鳴を上げ、跡形もなく消えていった。
ラフィとブランカはホッとした表情で私を見た。
「サビィ…ありがとう」
「サビィ、助かったよ」
「2人共、無事で何よりだ」
私達はお互いの無事を確認すると、イルファスに目を向けた。
彼女は悔しそうに唇を噛み、こちらを睨んでいる。
「イルファス、お願い…もうやめて。天使の国を元に戻して」
ブランカの訴えにイルファスは激しく頭を振る。
「うるさいっ!元に戻すものか…私は諦めない。この日が来る事をどれほど待ち望んだか…お前達に何が分かる?生まれながらにして美しく優秀で人気者のお前達に…」
イルファスは俯き両手を握り締めた。
「せっかくのチャンスを逃してたまるか!」
彼女は語気を強め天を仰ぐ。
「お願いです!私をお助け下さい…あなた様の力が必要かです!」
大声で誰かに助けを求めるイルファス。
「嫌な予感がする…」
私は、どんよりとした空を見渡しながら呟いた。
「うん。僕も君と同意見だ。」
「私もよ…」
全身が粟立つような不快感を覚える。
私は、思わず両手で自分の体を抱き締めた。
空を仰ぐラフィとブランカも憂色を隠せない。
「お願いです!お答え下さい!」
イルファスの大声が辺りに響く。
すると、あのおぞましい声が聞こえてきた。
「イルファス。残念だが…ザキフェルに抵抗され、我の力は尽きかけている。限界が近い。」
「そんな…まさか…楽園はどうなるのですか?」
イルファスの表情に衝撃が走る。
「慌てるではない。話を最後まで聞け。お前に力を分けるのはこれで最後だ。力を分けた後、私は戻らねばならない。後はお前に任せる」
「私に…?」
「そうだ、お前に任せる。戻るとは言え一時的な事だ。回復後また来る。それまでに、天使の国を破壊しろ」
「承知しました」
「では、力を分けるとしよう。我に残る全ての力を託す!」
おぞましい声が地鳴りのように鳴り響くと、どんよりとした空に、真っ黒な雲がかかり稲妻が走った。
まるで意思があるかの様に、稲妻は空を駆け巡る。
そして、黒い空を切り裂き、稲光がイルファスに向かっていった。
耳をつんざくような爆音と共に、稲妻がイルファスの体を貫いた。
「イルファス!」
火花が散りもうもうと煙が立ち上がる。
目を凝らすが、彼女の姿は見えない。
少しずつ煙が晴れ、徐々に姿を現し始める。
そして、煙が全て晴れた時、私達はその姿を目にし、驚愕する事になるのだった。
最初のコメントを投稿しよう!