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絶体絶命
「ねぇ…姿が変わっているけど…イルファスよね?」
「うん。イルファス…だと思う…」
ブランカとラフィは怪訝な面持ちで話している。
それもそのはず、煙が晴れて現れたイルファスの姿は変わり果てていた。
それは黒い塊だった。
人型ではなく小山のような黒い塊に、赤い目が異様にギラギラと光っている。
「この姿に驚いているようだな。この姿でも、私は力がみなぎっている。後から後から、力が湧き出でる。やはり、あの方は素晴らしい!さあ、一気に肩を付けさせてもらう!」
イルファスの周囲に、幾つかの赤黒い炎が現れる。
「炎よ行け!」
彼女の声に反応するように炎がゆらりと揺れ、ブランカ目掛け向かっていった。
「ブランカ!危ない!」
私は思わず叫んだ。
「大丈夫よ!」
ブランカが両手をかざすと、幾つもの霧吹きが現れ、炎に向かって行く。
「アーハッハッ!そんな小さな霧吹きで、消えるものか!恐怖で頭がおかしくなったか?」
「そんな事ないわ。この霧吹き、結構威力があるのよ」
ブランカがパチンと指を鳴らすと、霧吹きが一斉に水を吹きかける。
小さな霧吹きからは、想像できないほどの大量の水が吹き出し、炎はあっという間に消えた。
「チッ!」
イルファスは舌打ちをすると、小山のような体を揺らし始めた。
不気味にユラユラと揺れる体から、握り拳ほどの塊が浮き上がった。
更に体を上下左右に激しく揺らすイルファス。
その様子はあまりにも異様で、私達は思わず後方に退いた。
「何をしているのだ?」
「分からないわ…」
「僕も、分からない…」
私達は、その異様な行動をを見つめるしかなかった。
「ウオーッ!」
イルファスが雄叫びを上げ、突然ピタリと動きを止めた。
「あれは何?」
ブランカが呆然とイルファスを指差している。
私とラフィは目を凝らし見つめた。
小山のような黒い体から、幾つもの握り拳ほどの塊が、ボコボコと不気味な音を立てながら浮き上がっている。
「まだまだーっ!!」
雄叫びと共に、更に塊が音を立てながら次々と浮き上がってきた。
「これでいい…」
イルファスが、赤い目でジロリと睨みながら呟いた。
彼女の体は、ゴツゴツとした黒い奇岩のように変化している。
「食らえー!」
奇岩から浮き上がった幾つもの塊が、ブランカ目掛け飛んで行く。
それは、大きな石のようだった。
私とラフィは、彼女を庇うように前に立つ。
「サビィ!壁を作ろう!」
「ああ!」
私達は手をかざし鉄壁をイメージする。
「ラフィ!なるべく高く横長にイメージするんだ!」
「分かった!」
目の前に鉄壁が現れ、横へ上空へと伸びていく。
イルファスから飛んできた石のような塊が、鉄壁に当たる音がする。
まばらに聞こえていた音が、徐々に激しさを増していく。
塊の飛ぶ威力が増し、鉄壁に塊がぶつかった痕跡を残していく。
「ちょっと待って…鉄壁の裏側に跡が残るほどの威力で飛んで来てるの?」
「当たったら、一溜りもないよ…」
「この鉄壁ならば、持ち堪えると思うが…」
私達は鉄壁を見つめ呟いた。
塊が、鉄壁にぶつかっては跡を付けていく。
よく見ると、その跡は大きくなってきている。
握り拳ほどだった塊は、徐々に大きくなり今は頭部ほどの大きさになっていた。
「クソッ!そんな壁破壊してやる!」
イルファスの怒号と共に、一際大きな塊が飛んできた。
なんとか持ち堪えたが、小さな亀裂が入ってしまった。
鉄壁が壊されるのも時間の問題だ。
「マズい!鉄壁から離れるんだ!」
私達が急いで鉄壁から離れた瞬間、直径1mほどの塊が次々と飛んできた。
「まだまだーっ!」
イルファスは叫びながら、大きな塊を飛ばし続けた。
亀裂が全体に広がると、とうとう鉄壁はガラガラと崩れ、目の前からスーッと消えてしまった。
「まさか…あの鉄壁をいとも簡単に壊すなど…」
私は呆然と呟いた。
「これくらい造作もない事。本番はこれからだ!」
イルファスの黒い奇岩に変化した体が、突然赤く発光を始める。
(一体、何が起ころうとしている?)
私達は異変を感じ、ジリジリと後退した。
彼女の体は発光を続け、焼けた鉄のように真っ赤に変化する。
それは徐々に形を崩し、マグマのようにドロドロに溶け地面に広がった。
私達は、その異様な様に言葉を失い、ただ見つめる事しかできない。
次の瞬間、溶けたマグマのようなものはウネウネと動き出し、私達の背丈ほどに隆起した。
そして、うねりながら人型へと変化していった。
マグマのように真っ赤だった体は、少しずつ黒くなっている。
その様は冷却され固化していく、溶岩さながらであった。
「信じられない…一体何が起こってるの?」
ブランカが呆然と呟いた。
イルファスの体からは、蒸気がたちのぼっている。
彼女は深く息を吐くと私達を見た。
「これで、動きやすくなりました。」
その体は、人型の岩石だった。
艶やかな長い黒髪が印象的だった頃のイルファスに、どことなく似ている。
しかし、ゴツゴツとしていて目や口は空洞になっていた。
「ブランカ!覚悟しろ!」
イルファスは一瞬でブランカの元へ移動した。
あまりにも速く、私もラフィも間に合わない。
ブランカは、すぐさま羽から盾を作り構えた。
イルファスの拳が、いとも簡単に盾を突き抜け、ブランカのみぞおちを殴打した。
「ウッ!」
その衝撃を受けてブランカは、体をくの字に曲げ膝から崩れ落ちた。
「ブランカ!」
尚も攻撃を続けようとするイルファスの前に、私とラフィは割って入る。
彼女は、拳を上げたまま動きを止めた。
「クッ…サビィ様…どいて下さい。」
「私が、どくと思うのか?」
イルファスが、諦めたように拳を下ろす。
「サビィ様を傷付けたくありません。美しいあなたを傷付けるなど…私にはできません。しかし…目的を果たす為には、致し方ありません…」
イルファスは再び拳を上げると、私のみぞおちを強打した。
「ウッ!」
私は、一緒息が詰まりその場にうずくまる。
次の瞬間、後頸部に手刀を打ち付けられる。
薄れゆく意識の中で、私は必死に抗った。
(ダメだ…サビィ…しっかりし…ろ…気絶…して…いる…場合…じゃ…な……い…)
抵抗も虚しく、私は意識を手放してしまった。
どれほどの時間が経ったのか…
私は、ゆっくりと目を開けた。
頭が酷く重い。
すぐには起き上がれそうにない。
意識がぼんやりとしていて、現状が理解できない。
(一体…何があった?確か、イルファスに殴られたはず…)
私は、ハッとして慌てて起き上がった。
頭とみぞおちに痛みが走る。
「ラフィとブランカは?」
私は、立ち上がると辺りを見回す。
すると、ブランカを必死に守りながら戦うラフィの姿が目に入った。
彼は既に傷だらけだった。
「ラフィ!邪魔だ!そこをどけ!」
「嫌だ…どかない。」
「チッ!」
イルファスは更に攻撃を加える。
ラフィは、どうにかそれをかわしながらブランカを守っていた。
「ラフィ!もう良いわ。私が戦う。このままでは、あなたは倒れてしまうわ!」
ブランカが悲痛に訴えている。
「僕は、君を守ると決めたんだ…大丈夫だよ」
「嘘!そんなに傷だらけで大丈夫なわけない!もうやめて!」
ブランカは涙を流しながらラフィの袖を引き、必死に止めている。
「ラフィ!」
私は痛むみぞおちを押さえながら、ラフィの元に向かおうと一歩脚を踏み出した瞬間、体が全く動かなくなった。
「サビィ様は、動いてはいけません!」
イルファスの言葉に目を向けると、彼女は私に手のひらを向けている。
どうにかして動こうと足掻くが、微動だにしない。
「サビィ様、無駄です。あなたは暫く動けません。
そこで、ブランカの最後を見ていて下さい」
イルファスは、私に向けていた手を空に向け叫んだ。
「ドラスール!」
その呪文が合図となり、黒い雲が渦を巻き始める。
周囲の雲を引き込みながら、皿のような形へと変化していく。
見る見る間に、黒い雲はとてつもなく巨大に成長していった。
「さあ、最後の仕上げに入りましょう!」
巨大な雲に、幾つもの光が走る。
荒々しい雷鳴が轟くと、氷の塊が2人に向かって降り注ぐ。
「雹だ…」
空を見上げたラフィは、ブランカを抱き寄せ鉄壁を作り、雹を跳ね返した。
しかし、次第に雹粒は大きくなっていく。
最初は直径1㎝ほどであったそれは、今や10㎝ほどの大きさになっている。
鉄壁は、全ての雹粒から2人を守っていた。
「これで済むと思うな!」
イルファスの叫び声に合わせるかのように、雹粒が更に大きくなり、集中的に降り注ぐ。
何とか持ち堪えていた鉄壁も、その威力に耐えられずヒビが入り始める。
更なる大きな氷の塊の集中砲火に、鉄壁は無惨にも粉々に砕け散ってしまった。
次は瞬間、ブランカがネックレスを外し宙に投げる。
たちまち、ネックレスはピンク色のドームへと変化した。
ドームも最初は、雹から2人を守っていたが、余りにも大きな雹の攻撃に耐えられず、やはり粉々に砕け散ってしまった。
「ドームも効果がないの?」
呆然とするブランカに、ラフィが覆い被さった。
「ラフィ!」
身を挺してブランカを守るラフィ。
2人の元に駆け付けたくても、私の体は微動だにしない。
このままではラフィが危険だ。
「イルファス!やめるんだ!」
私の叫び声に、イルファスは無反応だ。
ラフィを襲う雹は、更に大きくなっている。
20㎝ほどの雹が容赦なく打ち付ける。
ラフィの体に当たる度に響く鈍い音。
それでも、ラフィはブランカから離れる事はなかった。
「ラフィ!やめて!お願い…このままじゃ、死んでしまうわ!」
ブランカかが泣きながら叫んでいる。
その時、一際大きな雹がラフィの頭目掛け降ってきた。
「ラフィ!!危ない!」
私の声が虚しく響く。
ラフィを見ていられず、思わず視線を逸らした刹那、突然眩い光に包まれた。
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