アシエルの万能薬

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アシエルの万能薬

「天使の国だ…」 私の胸に広がった失望感は呆気なく消え、それと引き換えに安堵感で満たされていった。 「良かった…」 私は思わず体の力が抜け、その場にへたり込んだ。 深く息を吐くと同時に、痛手を負ったラフィの事を思い出す。 「そうだ!ラフィは…」 辺りを見回すと、グッタリとしたラフィの手を握るブランカと、片膝をつき心配そうにラフィを見つめるアシエルの姿が目に入った。 私は急いで走り寄る。 「ラフィは?」 ブランカは涙を溜めた瞳で私を見つめ、頭を左右に振った。 「ずっと、声を掛け続けていたんだけど…意識がないの…」 「そんな…まさか…ラフィ…」 私はガックリと膝を付き、ラフィの顔を覗き込んだ。 彼の顔色は青白く生気がない。 「ラフィ…」 私は手を伸ばし、ラフィの顔に触れた。 彼の体は温かい。 「ブランカ、大丈夫だ。このままラフィが旅立つなどあり得ない」 しかし、ラフィは酷い傷を負っている。 服の隙間からはアザが見え、地面に血が滴り落ちている。 「ラフィ…こんなに無理をして…」 やるせなさに思わず強く唇を噛む。 (私は何もできなかった…) すると、私の頬に優しく何かが触れた。 「そんなに…唇を噛むと…切れ…て…しまうよ」 その声にハッとし、ラフィを見た。 彼は意識を取り戻し、私を見ている。 頬に触れたのは、ラフィの手だった。 「ラフィ…」 彼に掛ける言葉が見つからない。 「サビィ…そんな顔…しな…いで…おくれ。僕…は…大丈…夫…だ…から…」 「そんな酷い傷で大丈夫なわけないだろう」 「僕は…癒しの天使…これくらい…すぐに…治る…よ。ブランカは…大丈夫だった?」 「私は、あなたのおかげで大丈夫よ」 ブランカがラフィの顔を覗き込み答える。 「泣かない…で…ブランカ。大丈夫…だ…から」 ラフィがブランカに手を伸ばし、優しく頭を撫でる。 「君が…無事で良かった…」 ラフィが力のない笑顔を浮かべた。 「ラフィ、もう話さない方が良い。私が傷を見よう」 ザキフェル様が、私の背後から顔を覗かせ声を掛ける。 「ザキフェル…さ…ま…」 ラフィが驚いたように、一瞬目を見開く。 「話すな…と言ってる」 ザキフェル様はしゃがみ込むと、ラフィの顔を覗き込みながら言った。 「顔に傷はないようだな…体の傷を確認させてもらう」 ザキフェル様は、ラフィの服を捲りながら傷を確認していく。 「腕や足に、幾つかのアザがあるが、腹部や胸部には目立った傷やアザはない…次に背中を見せてもらおう」 皆で、ゆっくりとラフィをうつ伏せに寝かせた。 彼の背の所々には血が滲んでいる。 「背中の傷を確認する為、服を切らせてもらう」 ラフィに断りを入れるとザキフェル様は、どこからともなくハサミを出し、背中を覆う生地を切っていく。 露わになったラフィの背中を目にし、私達は息を呑んだ。 背中一面に深い傷を負い、血で真っ赤に染まっている。 「これは…酷いな…」 ザキフェル様は呟くと、ラフィの背中に手をかざした。 その手からは、緑色の光が放たれ痛々しい傷に優しく降り注いだ。 しかし、暫くするとザキフェル様は眉根を寄せ、手を下ろしてしまった。 「ダメだ…傷が深過ぎる。治療棟に運ぶにせよ、ラフィの負担を軽くしたい」 すると、それまで黙って見ていたアシエルが懐から何かを出し、ザキフェル様に手渡した。 「ザキフェル様、よろしければこれを…」 それは青い涙型の小瓶で、コルクで栓がされていた。 「アシエル…これは?」 「これは、私が開発した治療薬です」 「治療薬…」 ザキフェル様は小瓶を目の高さまで持ち上げると、興味深く見つめた。 「これは、傷薬なのか?」 ザキフェル様は、小瓶を見つめたまま問い掛けた。 「いえ…この治療薬は簡単に申し上げると、万能薬です。このような外傷は勿論の事、ありとあらゆる疾患に対応できます」 アシエルの言葉に、ザキフェル様が目を見開く。 「いつの間に、このような薬を…」 「不測の事態に備える為に、以前から研究と開発を重ねておりました」 「それは、1人で大変だったであろう」 「いえ、実は…エイミーが…その…手助けしてくれまして…」 アシエルの歯切れの悪い口調に、私達は驚きを隠せなかった。 何故なら、彼はいつも理路整然としており、このような不明瞭な話し方をしないからだ。 その時、うつ伏せに寝ていたラフィが顔を上げ、私達を見た。 「アシエル…そうか…エイミーが手伝ったんだ…エイミー、喜んだんじゃないかな?」 「あ…ああ…まぁ…私が、薬開発の補助を頼んだ際、嬉しそうにしていた」 そう答えたアシエルの頬は、薄らと赤みが差している。 「ゴホッ…私の事よりも、ラフィの傷の治療です。ザキフェル様、彼の背中にこの薬を振り掛けて下さい」 「あ…ああ、分かった」 驚きで目を見開いたまま、アシエルを見つめていたザキフェル様は我に返ると、小瓶を受け取りラフィの背中に振り掛けた。 すると、不思議な事に深い傷が、徐々に塞がり始めた。 「凄いわ…傷が塞がっていく…」 ブランカが、ラフィの背中を見入ったまま瞬きもせず呟いた。 この薬を開発する為に、相当な時間を要しただろう。 私達が見守る中、傷はほぼ塞がりラフィの頬に赤みが差してきた。 「差し当たり一安心…というところか…」 ザキフェル様はホッと息をついた。 「本当に良かった…ラフィがいなくなったら…私…」 ブランカの瞳が涙で溢れ、頬を伝っていく。 すると、ラフィはゆっくりと体を起こすと、手を伸ばし彼女の頬を優しく拭った。 「僕は決して君を1人にはしないよ」 そう告げると、ラフィはブランカを愛おしそうに見つめた。 「本当に?」 「ああ、本当だよ。」 「約束よ。ラフィ…あなたがいない世界なんて、私…耐えられない…」 「うん…約束するよ。ブランカ…」 ラフィは、はらはらと涙を流し続けるブランカを優しく抱き締めた。 そんな2人を目にし、私の胸は締め付けられるように傷んだ。 しかし、ラフィとブランカに割って入るような気にはなれなかった。 2人は固い絆で結ばれている。 私が入り込む余地はない。 しっかりと抱き合うラフィとブランカから、思わず目を逸らした時、ザキフェル様の声が響く。 「ラフィ、君の傷は塞がったが治療は必要だ。治療棟で暫く安静にするように。続きは後でゆっくりしてくれ。アシエル、ラフィを頼む。私はイルファスを見る」 「承知しました。ラフィ、立てるか?」 アシエルが呼び掛けると、ラフィは名残惜しそうにブランカを離し、ゆっくりと立ち上がった。 「大丈夫だ、アシエル。痛みはだいぶ落ち着いたよ」 「それなら良かった。では、このまま治療棟に向かう。ラフィ、私に掴まれ」 アシエルは、ラフィの腕を肩に回し体を支えるとスッと消えたのだった。
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