イルファス送還

1/1
前へ
/61ページ
次へ

イルファス送還

 ラフィとアシエルを見送ると、ザキフェル様は安堵の溜息をついた。 「ラフィはもう大丈夫だ。さて…イルファスだが…」 拘束されたイルファスに目を向けると、彼女はうつ伏せで倒れている。 ザキフェル様に続き、私とブランカもイルファスに歩み寄ろうとした。 「私が様子を見る。君達はここで待機するように」 ザキフェル様が、ゆっくりとイルファスに近付く。 そして屈み込むと、彼女を仰向けにし私達を振り返った。 「イルファスは気を失っている。もう大丈夫だ」 私とブランカは顔を見合わせ頷くと、ザキフェル様の隣に屈みイルファスを覗き込む。 「姿が戻っている…」 私は思わず声を漏らした。 不気味な様相だったイルファスは、天使の容姿を取り戻していたのだ。 ザキフェル様は頷くと、彼女に声を掛けた。 「イルファス、イルファス」 「う…ううん…」 彼女は微かにみじろぎをする。 「イルファス…起きるんだ」 ザキフェル様が体を軽く揺すると、ゆっくりと目を開けた。 イルファスは2、3度瞬きを繰り返すと、キョロキョロと辺りを見回す。 そして軽く頭を上げ、ザキフェル様の髪で拘束されている自身の体を目にした。 「これは…一体どういう事ですか?なぜ、私は拘束されているのですか?」 「イルファス…覚えていないのか?」 ザキフェル様の問い掛けに、イルファスは目を閉じて暫し考えた。 そして目を開けると、ザキフェル様を見上げ口を開いた。 「申し訳ありませんが…何も覚えていません…」 私達は驚き顔を見合わせた。 (本当に憶えていないのか…?いや、嘘をついている可能性も否めない…) ザキフェル様は深く息を吐くと、再度問い掛けた。 「本当に何も覚えていないのか?」 「はい…頭にモヤが掛かっているような感じで何も思い出せません…」 「そうか…君は天使の国を破壊しようとした…誰かに操られてるように見えたが…」 ザキフェル様の言葉に、イルファスは目を見開いた。 「わ…私が…天使の国を破壊…?そ…そんな…あり得ません!」 イルファスはガタガタを震え始めた。 「私は…何も…何も…していない…何も…悪くない…」 彼女はあらぬ方向を見つめ、ブツブツと呟いている。 「私は…私は…サビィ様を…お慕いしているだけ…それなのに…それなのに…皆が邪魔をする…」 イルファスは、目をクワっと見開き私を見た。 「サビィ様…見つけた…」 彼女は、私を見つめニターッと笑った。 背筋に冷たいものが走る。 私が後退りをすると、イルファスは拘束されたまま、体を伸び縮みさせながら、ジリジリと私に近寄ろうとした。 「イルファス、やめなさい!」 ザキフェル様が強い口調でいなすと、ピタリと動きを止めた。 「チッ!」 イルファスは舌打ちをし、ザキフェル様を睨んだ。 「なぜ…私の邪魔をする。私は…サビィ様と幸せになるんだ!邪魔をするなーー!!」 「イルファス!落ち着きない!」 「ウワーッ!サビィ様!サビィ様!サビィ様ーーー!!!」 イルファスは叫びながらバタバタと暴れ、クネクネと動きながら私に近寄ろうとしてきた。 その動きのあまりの不気味さに、私は吐き気を覚えしゃがみ込んだ。 「サビィ!大丈夫?」 ブランカが慌てて私の背中を優しくさする。 「あ…ああ…大丈夫だ…ありがとう…ブランカ…」 その様子を見たイルファスが、突然金切り声を上げた。 「ギャー!!ブランカ…!サビィ様に触るなーーー!」 必死にクネクネと動くイルファス。 その異様な姿に、私とブランカは恐怖を覚え後退りする。 「イルファス!!」 ザキフェル様が一喝し、イルファスの首の後ろに手刀を当てる。 「ウッ!」 彼女は呻き声を上げ動かなくなった。 「興奮状態にあるから気絶させた。今からイルファスを隔離棟に送還する。彼女を治療し、聞き取り調査をするつもりだ。隔離棟から脱出する事は不可能だから安心しなさい」 私は安堵の息を吐いた。 「はい。ありがとうございます」 ブランカも安心した表情を見せていたが、何かを思い出したようにザキフェル様を見た。 「ザキフェル様、子供達は大丈夫ですか?」 「子供達は全員無事だ。幸いな事に、神殿は攻撃を免れているから安心しなさい。しかし、天使の国は修復が必要だ…追って連絡する。それまで2人共ゆっくり休みなさい」 子供達の無事を知り、私とブランカは笑顔で頷いた。 「ザキフェル様、助けて下さりありがとうございました」 私は感謝の意を込めて頭を下げた。 「いや、気にする事はない」 ザキフェル様は答えると、イルファスを隔離棟に運ぶ準備に取り掛かろうとした。 その時ブランカが声を上げた。 「あの!」 ザキフェル様が顔を上げ、ブランカに目を向ける。 「どうした?ブランカ」 「あの…ラフィを…ラフィをお願いします」 彼女は不安げな表情で深くお辞儀をした。 「ブランカ、顔を上げなさい。ラフィは大丈夫だ。ただ…治療に専念させる為、暫くは面会を控えて欲しい。面会可能となり次第、連絡はする」 ブランカは頭を上げ、ザキフェル様を見つめている。 その表情からは、不安や心配だけではなくラフィへの愛しさが溢れ出している。 私は彼女の顔を見る事ができず、そっと目を逸らし痛む胸を抑えた。 「分かりました。連絡…お待ちしています」 ザキフェル様は軽く手を上げると、イルファスと共にフッと消えた。 ふとブランカを見ると、祈るように胸の前で手を組んでいた。 その美しい儚げな姿に目を奪われ、私は彼女を見つめた。 思わず、ブランカに手を伸ばしそうになる。 既の所で、その想いを胸に閉じ込めた。 その時、春風のような温かく優しい風が通っていった。 破壊された天使の国に吹くそよ風は、小さな希望のように感じる。 私の頬を撫でる優しい風。 そよ風に癒され、ほんの少しだけ胸の痛みが和らいだような気がして、優しい風に心の中で感謝した。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加