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「確かにリビングのガラスは壊れているけど、室内に侵入された形跡がありませんねぇ…」
現場は下町の、車も通れないくらい細い路地の中にある一軒家。知った人しか訪ねることがないような町でも泥棒は入る。だけど、今回の現場については泥棒するに至った様子が見受けられないから少しホッとした。
「いいか、早川」
横で同じように現場を観察している班長が私に声を掛けた。微妙な抑揚で分かるのだけど、私の思っていることに指摘点があると悟った。
「入られなかったから良かった、じゃないんだよ。早川だって、自分の家にイタズラされたら気持ちは良くないだろう?」
「ーーはい」
確かに班長の言う通りだ。警察の事案としたら窃盗事件に非ずと言えるけど、当事者からしたら一度は狙われたことに違いなく、他人事ではない。自分寄りの考えで相手の気持ちを無視した自分の心に喝を入れた。
「まだ諦めるな。侵入口まで来てるんだから、ここまでの足跡はあるだろう、ほら」
班長は私が自己反省をしている間も手を休めずに、門扉から破れた窓まで至る狭い敷地に這いつくばってライトを当てていた。すると程なくして指を差して、そこに照らされ浮かび上がる足跡を示した。よく見たら通り沿いの塀のてっぺんにも普通ならあるはずのない足跡が見えるーー。
「これは……見覚えあるんだ」
班長は足跡を採取するためのシートを取り出しながらつぶやくと、マスク越しにニヤリとするのが見えた。何か思うところがあるのは様子で感じ取れる。
「これは、事件に非ずではなくて、入ろうとしたけど入れなかったの窃盗未遂でいいんじゃないか。通りいっぺんの処理はしておこう」
と言うや否や、班長はライトを刷毛に持ち替えて、周辺の指紋や痕跡を探す作業を始めていたので、私も遅れを取らないように作業に取り掛かった。
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