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ニ
現場から戻ってきたあと、デスクで採取してきた資料の整理をしていると、班長はさっき採取した足跡のシートを持って、課長代理に報告してくると言って、部屋の奥に行ってしまった。
すると程なくして奥から私を呼ぶ声を聞いて、私も急いで代理のデスクまで小走りで寄って行った。
「で、この足跡。さっき言ったろ?見覚えあるって」
「ああ、本当だ。前の現場と同じだ……」
東警察署刑事課長第一代理の福永信寛警部は感心した様子でデスクに広げた地図に青い点を入れるのが見えた。
代理は窃盗事件を専門に扱う捜査三課の経歴が長く、これまで数々の泥棒を検挙してきた上、知識も豊富だ。その上、我が師匠の多聞班長とは警察学校の同期だそうで、互いの信頼は厚い。
発生のデータをまとめて共通点を探し、的を絞り込んで、捕まえるーー。
「点を線に、そして面に」
と日頃指揮をしていて、駆け出しの私もようやくその意味が分かってきた。
「代理、これは何ですか?」
「これか…?」
班長は大雑把に描いた地図に青い丸を付けている。今の話題から連想されるのは読めるのだけど、地図には赤と青の点が入り混じっている。
「管内の発生場所をピックしてみた。それは、分かるな?」
「はい、でも色の違いが分からないです……」
横にいる班長の苦い顔が見えた。答えが聞きたくて、まず考える事なくストレートな質問をしてしまった。
「赤は既遂、青は未遂に終わったところよ」
代理は笑いながらすぐに答えてくれた。それを聞いてもう一度地図から得られるヒントを考えてみた。
下町のエリアを中心に落とされた赤い点と青い点。よく見たら未遂の方が多いような気がする。
「案外、盗まれたものが少ないんですね」
「そうなんだよ。泥棒にしたら成功率は良くないな」
「だから、さっきの現場も疎かにしたらダメってことですよね?」
「おう、察しがいいな。その通りだ」
班長の言葉でさっきの現場で被害があろうが無かろうが作業内容を変える勿れと言った意味が分かった。同じ足跡が見つかったから、これも余罪と言えそうだからだ。
点が複数になれば線になり、線が増えれば面になるーー。
例え未遂に終わっても泥棒の足跡があったことに違いない。足跡というデータを集めることで絞り込んでいける。となると、データは多ければ多い方がいい。
「それで、さ。このやり口考えたら……」
「俺もそうだと思ったのさ」
代理が口を開けると、同期の班長が続きを答えた。
「『ウサ耳の源さん』か……」
「ウサ耳、ですか?」
管内で連発する未明の窃盗事件。被害者にとったら家に入ってこられて恐怖すら覚える事件なのに、二人の口から出た犯人はなんとも可愛らしいニックネームが付いている。
「彼奴は音に敏感でな、少しでも音が鳴ると早々に諦めて逃げちまうんだ」
「だからウサ耳、なんですね」
私は両手を広げて頭の上に置いて答えると班長の冷たい笑いがこぼれた。
「そう、小動物の如く諦めの判断も速いところもな」
二人の話では、最近になって「ウサ耳の源さん」が暗躍していると言うことは、前回の刑期を終えて出所したと言うことらしい。前回は代理が捜査三課で自ら追いかけていて、その決定的資料を当時県警本部の鑑識課にいた班長が当てたものだという。
「だからよく覚えてるんですね」
班長はニヤリと含み笑いをしてうなづいた。
「でも実際はエラい福耳なんだけどね……」
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