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青生も戻ったが、その時には、彼女は何もなかったような顔をしていた。
彼女がここを辞めるのは、彼女のスキルがもっと活かせる仕事先が見つかったからだと聞いている。
この二週間、後続として派遣された青生は彼女に引き継ぎをしてもらったが、とてもわかりやすく、彼女の聡明さを垣間見ていた。
二十歳の男である青生から見れば、彼女は美しく輝いて見える大人の女性だった。
「後は、よろしくね」
終業時間間近にそう言った彼女の目に、不意に涙が盛り上がる。
慌てて涙を拭い、彼女は笑顔を作って言った。
「なんか寂しくなっちゃって。気にしないで」
彼女が決して軽い気持ちで告白したのではないことは、それを見ればわかった。
彼女と紫藤の温度差が、なんだか悲しい。
紫藤は社内の女性人気ナンバーワンだと言われているぐらいモテる人だ。
告白されたことなど、なんとも思っていないのだろう。
そう思って課長席の方を見ると、紫藤は――落ち込んだ顔をしていた。
(えっ……)
座っている時でさえいつも堂々と見える紫藤が、今は肩を落とし、やるせない顔をしている。
なんとも思っていない相手の告白を断って、あんな顔をするだろうか?
ここに来てから見てきた光景を思い浮かべる。
彼女と紫藤はよく気軽に話していた。仕事のことも、仕事以外のことも。
いいと思ってたんじゃないかな、彼女のこと。
なのに。
(なんで、だろう)
それが紫藤に対する小さな謎として、青生の中に残った。
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