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走って入ってきたのは、同じ課の立脇というベータの男性社員だった。
「兎川もおはよう」
立脇に笑顔でぽんと肩を叩かれ、青生も「おはようございます」と挨拶を返す。
だが頭の中は紫藤の白紙撤回発言でいっぱいだった。
え、どうする?
普通に考えれば、紫藤の意向にそうべきだろう。
そもそも事の発端は自分のヒートだし、それで迷惑をかけているのは完全に自分の方だ。
いや、でも、せっかくA判定かもしれないのに……?
ぐるぐると、常識的な判断と自分の欲が渦を巻く。
「何ぼーっとしてんだよ」と立脇に髪を軽くかき混ぜられ、ははっと作り笑いを返す。
このままエレベータが着いて職場に入れば、この話は終わりになる気がする。
昨日はあんなに、もう一度しないと生涯の汚点になるみたいに言ってたのに、今日になってもういいなんて、なんで――。
操作パネルの前に黙って立っている紫藤の横顔を見る。
紫藤は沈んだ顔をしていた。
それを見て、これと同じような光景を見たことをふっと思い出した。
あの派遣女性の告白を断った後、暗い顔をしていた紫藤。
そんな顔をするぐらいならつき合ってみればよかったのに、なんで断ったのだろう。
……今回も、同じじゃないか?
エレベータが職場のフロアに着く。
一歩出たところで、青生は言った。
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