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「クリス! なんか客がきたぞ!」
スペイゴールの書を手にし、デイブレイクは「嵐の前の静けさ」という言い訳で、ゆったりとした穏やかな生活をアジトで送っていた。
「おーい! 客だって!」アキラはずっと外から大声で叫んでいる。しかし、アジトの中にいる仲間は出てこない。
「こんなところに客がくるわけないでしょ」ランランはいつものジョークだと思って、大声で返した。「ていうか、今日のジョークは調子悪いみたいね」
「いやいや、ほんとだって」とアキラ。「クリスはいないのか?」
「出かけた」
「どこに?」
「エルフの街に」
「どうして?」
「なんか用事があるんだって」ランランはつまらなそうだ。「あたしも『用事』があればよかった」
「それならちょうどいい」アキラが思い切りアジトの扉を開けた。「客だ」
アキラの隣に立っていたのは、小さくて可愛いゴブリンの少年だった。身長は五十センチくらいだろうか。とにかく小さくて、目がやたらと大きい。
「えー! めっちゃ可愛いじゃん!」ランランが玄関まで飛んできた。「うわー。お名前はなんていうんでしゅか?」
「おいおい、赤ん坊扱いするな」アキラが注意した。「俺が散歩から帰ってたら、この子が後ろからついてきてたんだ、いつの間にか。それで聞いたら、クリスに会いたいやらなんやら」
「ぼく、一人で説明できたです」ゴブリンの少年が言った。
「しゃべった! 可愛い」ランランは満面の笑みで、少年のほっぺを指でつんつんした。
「こらこら、気をつけろ」アキラが厳しい視線を送る。
「なんで? だって可愛いもん」
「ぼく、デニス」少年がランランを見上げる。「クリスって人、捜しにきたです」
ランランは目の前のゴブリンの可愛さに悶絶していた。「んー。可愛い」
「何を騒いでる?」玄関の騒がしさに、ジャックまで見にきた。「ただのゴブリンじゃないか」
「とにかく、中に入れてくれ」
アキラの一言で、ランランはデニスにアジトの中を案内し始めた。
アキラとジャックはまだ玄関に立ったままだ。
「あのゴブリン、大丈夫なのか?」ジャックは警戒している。急に現れたゴブリンの少年が信用できないようだ。
「わからない」アキラは首を振った。「まずはなんでクリスを捜しているのか聞かないとな」
一方、ユハ帝国は徐々に崩壊しつつあった。
「ダークウルフがこの大聖堂の前に……」
議会は混乱している。
「デイブレイクに頼みましょう!」
しかし議長は頑固だ。「我々だけでどうにかするぞ! あいつらは役立たずだからな」
「議長、お願いです」
「狂気の牛を放つのだ! 私の牛に勝てるものはおらん!」議長は命令した。
「ぼく、デニスっていいます」
アジトではゴブリンの少年がシエナに挨拶していた。
「あら、よろしく」シエナが無表情のままうなずく。
「この可愛い可愛いデニスを見て、なんとも思わないの?」ランランが目をまん丸くしてシエナを見た。「どうかしてるわ」
「可愛いとは思うけど……」シエナは答えに困っている。
「そこらへんにしとけ」アキラが言った。「シエナもデニスも困ってるぞ」
「ぼく、別に困ってないです」デニスが言った。
「そこは、困ってます、って言ってくれよ」
「アキラの方こそデニスを困らせてるわよ」ランランはすました顔だ。「さあ、デニスちゃん、アジトの秘密の場所を案内するね」
「嬉しいです」デニスが笑った。「秘密の場所、知りたい」
「でしょでしょ?」
秘密の場所というのは、アジトの地下に作ってある、杖のコレクションルームのことだ。他の国の杖士や悪に染まった杖士との戦いに勝利し、押収した杖が保管されている。
「ランラン、秘密の場所はよくないんじゃないか」アキラが彼女の腕をつかんだ。「いくら可愛くても、部外者だぞ」
「部外者って、そんな言い方ないでしょ。アキラは厳しすぎ。そういうキャラはクリスだけで十分よ」
「アキラの言う通りだ」ジャックがアキラに加勢する。「部外者――いや、客に秘密の場所を見せるべきじゃないだろ」
シエナもアキラとジャックの考えに賛成だったが、同じ女性メンバーでもあるランランの反感を買いたくないので黙っていた。
「ぼく、秘密は誰にも言わないです」デニスが主張する。「口固いから、信頼してほしいです」
「ほら、デニスもこう言ってるでしょ」ランランがほっぺを膨らませた。お得意の技だ。「二人とも頭が固すぎ。信頼するってことも学ばないと」
「じゃあ、俺を信頼してくれよ」アキラがぼそっと言った。
「それなら、あたしも信頼してよね」ランランは勝ち誇ったように言った。
どうやらアキラが負けたようだ。ジャックは、後悔しても知らないからな、という目でランランを見ている。絶世の美女シエナはというと、何か言いたかったが、やはり何も言えなかった。
アキラ、ジャック、シエナの三人は、結局何もできずにヤコンの体毛でできたソファーに座り込んだ。
ランランはデニスを地下に案内した。
「クリスがいればな」アキラは疲れた表情だ。「嫌な予感しかしない」
「アキラの予感は正しい」ジャックが同意する。「俺もその予感を感じ取った」
「私も、本当は二人に賛成だった」シエナが小さな声で言った。
「わかってる」とアキラ。「三対一になったらランランが可哀想だから言えなかったんだろ。正しい判断だ」
シエナがこくりとうなずいた。
しばらくすると、笑顔のランランと満足げなデニスが地下から上がってきた。
「どうだった?」アキラが聞いた。
「デニス、すっごい驚いてたよ。こんなちゅえは見たことないでしゅー、って」ランランが答える。
「なるほど」
「ぼく、そろそろ帰ります」デニスが言った。
「え? クリスはもういいの?」ランランが聞く。
「たぶん、まだ帰ってこないと思うから。ぼく、早く帰るように言われてるです」
「誰から?」アキラが鋭い視線を向けた。
「パパからです」デニスが答える。「パパ、日が暮れる前には帰ってくるように、って」
「一人で帰るのは危ないわ。あたしも――」
「大丈夫です。ランラン、親切。ありがとうです。他のみんなも、ありがとうです。そこの、目が細くて背が低い人も」
「俺か?」アキラがデニスをにらむ。「目が細いのは君をにらんでるからで、背が低いなんて君に言われたくはないぞ」
「いいじゃない」ランランが言う。「事実なんだし」
「おい、違うだろ」
「じゃあ、みんな、さようならです」
そう言って、デニスは玄関から帰っていった。
ランランはちゃんと帰れるのか心配だったのか、見えなくなるまでずっと玄関で見送っていた。
デニスはできるだけ急いで国に帰っていった。
彼が住んでいるのはゴブリンの王国である、ゲチハデ王国だ。ゴブリンの王ダグラス・デイの息子で、王家の血を引く者として大切にされている。
デニスは王国に着くと、すぐに父親で国王のダグラスのもとへ向かった。
「デニス!」ゴブリンの王は期待の視線を向けた。「クリスとの交渉はどうだった?」
「それが、クリスは用事とかでいなかったです」デニスは答えた。「でも、もっといい知らせがあるです」
「ほうほう」ダグラスは不敵な笑みを浮かべた。「じっくり聞かせてもらおうじゃないか」
★ ★ ★
~作者のコメント~
この回で初めてゴブリンを登場させましたが、私のゴブリンは、可愛い、というものをコンセプトにしてみました。新鮮かもしれません。
今後は主軸となるストーリーを進行させつつ、ゆったりとした彼らの日常も描いていきたいです。
彼らにとって、ゴブリンは敵なのか、それとも味方なのか。気になるところです。
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