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予期せぬ客が訪れたあの日の翌日、ランランは退屈していた。あの可愛い可愛いデニスが帰ってしまったからだ。
「あたしの癒やしはどこかに消えてしまったわ! ねえ、あのスペイゴールの書に、ゴブリンについて何か書かれてないの?」
「知らない」アキラがそっけなく答える。まだ忠告を無視されたことに対して腹を立てているようだ。
「ねえ、謝るから、おねがーい」ランランはアキラの頬をつねり、駄々をこね始めた。
その様子を見ていたシエナが慌てて立ち上がる。「アキラが痛そうよ」
ずいぶんと頑張って言ったのだろう。シエナの顔は緊張でこわばっている。
「んー、ごめんごめん」ランランはシエナを見て、何かを察したようにうなずいた。そして一応アキラをつねるのをやめた。
「そもそも、スペイゴールの書はここにはない」テーブルで果物を食べているジャックが言った。「クリスがエルフの街まで持っていった」
「えー。じゃあ、暇つぶしできるものなんてないよー」
「少しは黙って瞑想でもしたらどうだ?」とアキラ。「それか、杖術の訓練をすればいい。練習しないとだんだん下手になっていくぞ。俺たち、ここ最近は戦いに出てないじゃないか」
「確かにそうだな」ジャックがうなずく。「クリスもいないし、冒険にでも行って、魔物と戦ってみるか」
「大賛成! ジャックもたまにはいいこと言うじゃん」アキラは乗り気だ。
「それなら、私も行く」シエナが小さい声で言った。彼女のトレードマークとも言える長い赤髪が、太陽の光を反射して真っ赤に輝いている。
ランランはにやっとした。「どうして急に行こうと思ったの?」
「それは……ちょっと気分転換に!」シエナはいつもよりはっきりとした口調で言った。「戦闘の腕がなまったら大変だもの」
「じゃあ、あたしも行こうかな」ランランはさらににやっとした。「杖術の訓練をしないとね」
「よし、ここにいる全員が行くわけだ」アキラが楽しそうに言った。「まだクリスが帰ってきてないから、今日だけは俺がリーダーだな」
「アキラにリーダーができるの?」ランランがいつものようにからかう。
「ああ、クリスほどじゃないが、頼れるリーダーだろ」
そうして、四人は冒険に出た。はっきり決めた行き先はなかったが、それは期間限定リーダーであるアキラのセンスによって決まる。
ユハ帝国の皇帝ウスマン・ロブレスはまだ若く、常に議会の最高議長であるサハエル六世の指示に頼っていた。
サハエル六世はそうやって帝国を牛耳っていたわけだが、皇帝の前では常に丁寧に、機嫌をうかがうように話していた。皇帝は自分をクビにできるだけの力を持っているので、もし嫌われたらそこで自分の積み上げてきた地位も終わるからだ。
「議長、帝国の防衛ラインはどうだ?」ウスマンが聞いた。
「鉄壁の守りです、皇帝」議長が答える。
「そうか? 国中が混乱しているような気がするのだが――」
「いえいえ、心配は無用です。今まで帝国の資金をむしりとっていた厄介者の『デイブレイク』というチームを追放し、議会は最高の杖士のチームである、『デストロイヤー』を雇いましたので、安心して国を治めることができます」
「その『デイブレイク』を解雇したことで、どれだけの資金が使えるようになったのか?」
「それはですね……」議長はなかなか答えることができなかった。
それもそのはず。その資金はすべて自分のためだけの娯楽に使ってしまったからだった。
「……最初は新しいチームに報酬として与えまして、徐々に余裕ができると思いますが――」
「議長!」
ちょうどそのタイミングで、雇われたばかりの『デストロイヤー』の五人が城に入ってきた。皇帝にも丁寧に挨拶をし、敬意を示す。
しかし、彼らは議長に話があるらしい。
「防衛のことですが――」
「ちょっと待て」議長が遮った。「皇帝、少し外に出てもよろしいでしょうか?」
ウスマン皇帝はうなずいた。
「なんだ?」城から出ると、議長は急に態度を変えた。
「防衛のことなのですが、我々だけであそこのエリアを守るのには限界が――」
「なんだと? 簡単な仕事だろ。前のろくでなしどもでも難なくやってたぞ。ふざけた冗談はやめてくれ」議長は呆れている。
「前のチームはあのエリアを?」デストロイヤーのリーダーである、ポール・アルマグロが驚いた様子で聞き返した。「なんというチームですか?」
「デイブレイクだ」議長は名前を口に出すだけでも気分が悪いらしい。
五人の杖士たちは口をあんぐりと開けた。
実は杖士の間で『デイブレイク』は有名なチームで、たくさんの伝説が語り継がれているほどだ。そんなチームを解雇した議長の気が知れない。
(うわぁ。この議長、かなりのバカだな)デストロイヤーのメンバー皆が思っていた。
アキラたち四人は、たまたま見つけた迷路で、多くの魔物たちと戦っていた。
「これはいい練習相手だ」
アキラは杖で優雅に戦っている。
アキラの戦闘スタイルは芸術とも称されるほど美しい。無駄のない型で、敵の攻撃を利用してカウンターを狙う。手首のスナップをうまく効かせることで、攻撃と防御に幅を持たせている。杖術の達人であるランランも、彼の杖さばきは真似できない。
「腕を上げたみたいね」ランランが上から目線で言った。
しかし、ランランは達人だと認められているため、上から目線というのは当然のことだ。
「構えを変えたんだ」アキラが言った。「おかげで今までより安定して技がくり出せるようになった」
ジャックは杖を使わずに魔力だけで戦っている。魔物をにらむだけで、やつらは恐怖におびえて逃げていく。しかし、これも彼にとっては序の口だ。
シエナは普段の様子とはまったく違う姿を見せている。アクロバティックに移動しながら、杖で敵を切りつけていた。戦場では自信が持てるようだ。
しばらく訓練を続けていると、すぐに日が沈み始めた。
「そろそろ帰るか」アキラはそう言って、チュニックの上から赤いマントを羽織る。
「じゃあ俺も」ジャックは青いマントだ。
「あたしも帰ろっかな」ランランはわざとらしく言った。
「待って」シエナがランランを引き止める。「ちょっとだけ、ランランと話したい」
「おっ」アキラは珍しいものでも見るかのような目で、シエナを見た。「ガールズトークってやつか。それなら、俺たちは先に帰っておくから。道は覚えてるよな?」
シエナはうなずいた。
「じゃあ、気をつけて」
アキラとジャックはすぐに帰っていった。
「それで、どうしたの?」ランランはにやにやしながら丸太のベンチに腰かけた。「シエナも、座ってよ」
シエナはゆっくりと腰を下ろし、深呼吸をしてランランを見た。「ランランは、アキラのことが好きなの?」
ランランは、なるほどー、という感じの顔をした。「そういうシエナは?」
「私は……アキラが、好き」シエナの美しい顔が真っ赤に染まった。
ランランの頬が緩んだ。夕日が照らすシエナの顔は、まさしく芸術作品だ。ランランは密かにずっとシエナにあこがれていた。
「シエナは、あたしがアキラのことを好きだって思ってるの?」
シエナはゆっくりうなずく。「なんとなく、そんな感じがして。だって、いつも話してるし……」
「アキラのことは好きだけど、別にそれは気の合う親友だからで、アキラもそう思ってるんじゃないかな」ランランが優しく言う。「好きな人はいるよ。だけど、それはアキラじゃない」
「ほんと?」シエナの表情が少しだけ明るくなった。
「うん。だけど、まだ秘密。いつか教えるね」
シエナはまだ何か言いたそうだ。
「どうしたの?」
「杖士って、恋したらいけないんでしょ……訓練生のときからずっと、それは言い聞かされてきた。だから……私の恋も、本当はいけないことなんじゃないか、って」
「そんなことないよ」ランランが笑う。「あたしたちは自由なんだよ。もう規則に縛られたりする必要はないし、今から国を作って、新しいルールを決めていけばいいじゃん」
シエナはランランを抱きしめるとかして、感謝の気持ちを伝えたかった。しかし、なかなか体が動かない。
「ほら」ランランがゆっくりとシエナにハグする。「もう親友でしょ。ハグしていいんだよ」
「ありがと」シエナの頬が赤く染まる。「これからはアキラに気持ちを伝えられるように頑張るから」
「うん。あたしも好きな人に近づけるように頑張る」
こうして、二人は親友となった。
★ ★ ★
~作者のコメント~
二人が語り合うシーンは最高でしたね。てっきり仲が悪いのだと思っていましたから、親友になれてよかったです。
スペイゴールの書を手に入れてから、ずっとクリスが出かけているので、どんな用事か気になりますよね。
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