きっかけは罰ゲームでした

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 告白はおきまりの体育館裏、トモキ達が物陰で密かに見守る中で実行した。  それまで俺は、里穂とは一度も接したことがなかったし、何ならその必要すら感じたこともなかった。  というのも里穂は、いわゆる陰キャと呼ばれる人種で、日中は教室の隅にある自分の席で、そして放課後は図書館で黙々と本を読み耽る、そういうタイプの女子だった。彼女が誰かとつるんだり喋ったりするところも見たことがない。ほかの似たような三軍女子でさえ、なんか男同士がいちゃついてるキモい本を回し読みしてブヒブヒやってんのに。  まあその、ぶっちゃけると里穂はめちゃくちゃキモい女だった。  だけどトモキの命令なら、俺はそんなキモい女にだって告白しなきゃならない。で、それであっちも空気読んで断ってくれたんならまだ良かったんだけど、何故かOKを出されてその夜はマジで鬱だった。  いや、これでまだ実は美少女でした! ラッキー! みたいなヤツだったら良かったんだけどね。  でも現実はそう甘くはなくて、美女は美女でも平安美女。体格も何だかズドンとして、一軍女子が嗜みとしてやるスカートや腰回りの調整もナシだからほんとに丸太がセーラー服着て歩いてるっぽく見える。髪も、生えたまんまの真っ黒いやつをただ無造作に縛ってるだけだし。いや染めろよ多少は。それが嫌ならせめてストパーくらいはかけろよ何だそのワカメみたいな髪はよ。  だが、里穂はしないのだ。そんな暇があったらあたし本を読んでるわフフン、みたいな。はー、ほんとキモ。  でも、そのキモい女が俺の彼女なのだ。それも人生初の。  そう、人生初。もともと非モテだった俺は、中学卒業とともに髪を染め眉を抜き、まあ色々と自己改良して見事高校デビュー、憧れの一軍男子入りに成功していた。だからこそ余計、あんなキモ女に俺の初めてを奪われた理不尽に腹が立ってしまう。何のためにお年玉をはたいて美容室に行き、服を新調したのかわからなくなる。せめて……そうだな、この、マチぐらい良い女と付き合えたなら努力した甲斐もあっただろうになぁ。 「で、加納さんとはいつヤんの」  そのマチに唐突に問われ、俺は思わず「え?」と問い返す。  午前の窮屈なカリキュラムからようやく解放され、ひとときの休息を許されるランチタイム。俺達一軍ズは、今やすっかり定位置となった教室後方窓際エリアを占領し、菓子パンや弁当を食らいながら昨日SNSで見つけた面白い動画だとか、新しく配信が始まったリアリティーショーの話題に花を咲かせていた。マチの問いは多分、そのリアリティーショーの話題に触発されて出たものなんだろうけど、さすがにそんなエグい質問をいきなりブン投げられると、仲間内ではリアクション芸で売る俺としてもさすがに反応に困る。  案の定、マチはあからさまに顔を顰めると、「え、じゃねぇよ」とつまらなそうに吐き捨てる。  なまじ顔が良いだけに、こういう顔をされると余計に怖い。世の中には、美人の怒った顔でしか興奮できない奴もいるらしいが、俺に言わせればそんな奴らの感覚はまるで理解できない。 「セックスに決まってんだろ」  いや、念を押されなくてもわかってますよ。とはいえ、付き合ってんなら確かにまぁそういうこともするんだろうな。里穂と? あの、丸太みたいなキモ女と? 「えー、どうだろうなアハハ。でも、うん、マチとならぶっちゃけ今すぐヤリたいです」 「は?」  瞬間、マチの顔が音を立てて凍り付く。あ、本気の拒絶だコレ。 「いや、無理」  その絶対零度の「無理」に、俺は「いや冗談だって」と半笑いで返しながら、まあそうですよねぇと内心ヘコんでいる。いくら髪を染めルックスを改造したところで、素材からして芸能人レベルのトモキ達にはかなわないのだ。  実際その後、マサトとタクヤが俺も俺もと追随すると、マチはさっきのガチ拒絶とは打って変わって「えーやだー」と満更でもない顔をする。そんなマチの、いい感じにくびれた腰に手を回しながら「こいつ男の好みうるせぇからなぁ」と嘯くトモキはとっくにマチとヤッているんだろう。  ふと、何やってんだろな俺、と、そんな思考が脳裏をよぎる。  その、脱走したインコみたいな思考を慌てて捕まえ、どうにか籠の中に押し込みながら、俺はアハハと笑ってみせる。
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