悩む占い師

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悩む占い師

 三日月百貨店の隣には小さな占いの館がある。その館の店長を務めているツキこと常田美月ははぁ…とため息をつき、目の前にある布を被った水晶玉を見つめた。  彼女には悩みが二つあった、一つは占い館を利用した客が一ヶ月ほどで通うのをやめてしまうことだった。  ツキの占いはよく当たると評判が良い。利用者の対応も丁寧にするよう気を配っているし、占いの料金もお手軽な値段にしている。 そのおかげか、彼女の元にやってきた客のほとんどはリピーターになってくれる。しかし、同時にそのリピーターの利用はみな長続きしない。始めの1ヶ月ほどは頻繁に通ってくれるのだが、1ヶ月経ったころにぱたっと来なくなってしまうのだ。  悩みが無くなったのなら別にいいのだけど、他の店舗の占いの館みたいに何年も利用してくださる常連さんができないのが少し気になるわ…やっぱり、この魔女の館っぽい内装がいけないのかしら。  ふとそう思ってツキは宝石と魔法陣に飾られた部屋を見渡した。自身は気に入っているファンタジーな世界観がひょっとしたら、客にはウケないのだろうかと考えていると、ひとりの男性客がやってきた。  ここに通って丁度1ヶ月の若い男性。細い体に真っ白なパーカーをだぼっと着こなし、下は細い身体のラインを強調するようなスキニーパンツを履いている。 「こんにちは。ようこそ占いの館へこちらのお席にどうぞ」 「こんにちは、よろしくお願いします。」  そう言って男性は椅子に座った。ツキは向かいの席に座り、いつも通り男性に話しかける。 「本日はどうされたのですか?」 「最近…変な夢を毎日見るんです。」 「変な夢…?」 「はい、僕にはずっと頼りにしている女性がいるんです…その女性を…その、殺してしまう夢を見るんです。」 「あら。」  男性はその後も自分のよく見る夢について話した。その女性に殺意を持っているわけでもないのに、夢でその女性が出てくると男性は瞬間的に彼女を拘束して、さまざまなやり方で無我夢中で殺してしまうのだという。 「すみません、怖いですよね…でも、こんなに毎日彼女を殺す夢を見ると…僕は殺人鬼になってしまう気がして、その女性は落ち込みやすい僕を助けてくれた恩人なのに、夢で見るたびに殺してしまうなんて…もう罪悪感でいっぱいなんです。」 「それは辛いですね…。」 「はい、それで…どうすればこの夢が見れなくなるか占ってみることって可能ですか?」 「大丈夫ですよ、早速やってみましょう」  ツキはそう言って水晶玉を出し、机の真ん中に置いて目を閉じた。そして、胸の中で意識を研ぎ澄ます前に内心でこう呟いた。  …またこの悩みかー…。 彼女の二つ目の悩み、それは通って丁度1ヶ月…つまり、通うのを止めてしまった客はみな、館を利用する最後の日に女性を殺してしまう夢について相談をしてくることだった。 そして、ツキに占ってもらうことも今の男性と同じ内容である。  …この悩み人々の間で流行ってるのかしら?いや、悩みに流行りとかあったらおかしいわね。とっとと集中しなきゃ。  ツキはそう思ってすぅ、と鼻で息を吸い込むと手を水晶玉の前に出し、意識を送り込んだ。水滴を閉じ込めたかのような透明で美しい水晶玉に占い師のツキの見えない力が注がれていく。 「…なにか、分かりましたか?」  しばらくして、男性はツキに尋ねた。ツキはじっと男性を見つめゆっくりと口を開く 「…これは…依存ですね。」 「依存。」 「私の占いによると、お客様はその女性に依存しているようです、お客様はその女性がいないと何もできないと思っていらっしゃるのではないでしょうか?」  ツキの言葉に男性ははっとした様子で口に手を当てた。 「確かに…思えば、僕は彼女に将来のことや、健康のことをたくさん相談したと同時に彼女の言葉を沢山信じてきました…。」 「やはりそうでしたか。」 「はい…他には何か分かりましたか?」 「はい、現在のお客様はその女性に対して独立ができる状態にあります、つまり依存しなくてもいい状態になられています。なので、お客様がもし今お悩みになられている夢を見たくないようでしたら、その女性から独立する必要があります。」 「!、そんな…!で、でも…独立なんかして大丈夫でしょうか?彼女のいない未来なんて僕は不安で仕方ありません。」 「そうなのですか…良ければ、他の占いで独立した場合の未来をみてみましょうか?」  戸惑う男性を見て、ツキは安心させるように優しい声でそう言った。そして、ツキはタロットカードや振り子を使って男性と女性と未来について占った。 「現在の状態を示すタロットカードでは、正位置の法王…このカードは人生の転換を意味します。」 「転換…つまり、ここで僕が独立することが人生の転換だということですか?」 「占いの結果によると、そうですね…そして未来のカードは運命の輪で、幸運や成功を意味しています。」 「なるほど…。」  ツキの説明と占いの結果に男性は数回首を小さく縦に振った。 「…お役に立ちましたでしょうか?」 「はい…今思えば僕はずっと彼女が正しいと思って人生のほとんどを彼女に委ねていた気がします、でも今回のお話で自分の決断で幸運を掴み取ることの大切さに気づけました、来てよかったです!」 「そうですか、お客様の心に少しでもエネルギーが与えられたのなら、私はとても嬉しいです。」  ツキはそう言ってにっこりと笑った。人生のほとんどを委ねていたなんて…男性が依存していたと言う女性はどういった人物なのかがとても気になったが、 占いとは関係のないことのため心の中に置いておくことにした。 「あ、お金払いますね…これでお願いします。」 「お会計ですね、ご利用ありがとうございました。」  しばらくして、男性がそう言って財布からお金を取り出した。ツキは笑顔で受け取ろうとしたが、 男性は次の瞬間、一万円札を8枚とってトレーに出し、財布をカバンにしまった。 「これでお願いします、お釣りはいりません。」 「えっ…お、お客様…こんなに大きなお金…。」 「僕はずっと依存していたんですね、占い師さんの言葉を聞いてスッキリしました、占い師さん自身がそうおっしゃられるなら僕は独立する必要があるのでしょう、 このお金は感謝の気持ちとして受け取ってください。」  それ以来、男が再びツキの占いの館を訪ねることはなかった。
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