168人が本棚に入れています
本棚に追加
「出血が多いです」
「大丈夫、問題ない」
騎士の言葉に毅然と答える子供に、首輪の影響とは別で胸が苦しくなって、俺は胸元のシャツをぐしゃりと握り潰した。
「大丈夫ですよ、聖獣様」
俺の顔を見てそう宣うこの子供の瞳は相変わらず穏やかな金色をしていたが、今は痛みのせいか僅かに歪められていた。
大丈夫な訳ないだろ。
ごめん、ごめんな。
顔、痛かっただろ。傷付けてごめん。
思ったよりも深い子供の傷を目にした俺は、咄嗟に口を噤んだ。ここで謝ってこの子供に許されるのは、酷く狡い気がした。
……だからって謝らないのは違うのに、今の俺の口には『ごめん』のたった三文字がどうしようもなく重く、言葉にすることが出来なかった。
謝罪とは、一瞬で楽になれる、魔法の言葉だ。
今まで、そうやって俺も沢山使ってきた。
嘘をつく度に謝って、許されて、また嘘をついて来た。
自分の為の嘘も、誰かの為の嘘も、同じだ。結局、嘘は嘘だ。
俺は、俺の嘘は、いつだって最後には悲しませる事しか出来ない。
「っ……もう、近付くな……誰も、俺に触るな」
頼むから、そう小さく呟くと、俺は自分を円形の氷の膜で覆った。
────魔法を使った。使ってしまった。
氷の膜で自分を覆った瞬間、口から、鼻から、咳などせずとも血が止まらなくなった。
絶対、やめた方がいい。
分かってる。だけど、今はとにかく一人になりたかった。
一人になって、少しでもこの警戒を、興奮を落ち着けたかった。
だから、休んでこの苦しいのを消す為に、今だけはもっと苦しい思いをする事にした。
ああほんとに馬鹿だ。また矛盾してる。
だけどもう、今はこれ以上何も考えたくない。
徐々に朧気になる意識の中、何処からかヒューヒューと鳴る音も、「聖獣様っ!」なんてこっちまで痛々しくなるような声で叫ぶ子供の声も、ぜんぶ無視して、氷の殻に閉じこもった。
最初のコメントを投稿しよう!