─第二章─約束をしよう

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 あの子は俺が甘いものを好むと気付いてからは、この国のメジャーなものから少しばかりマイナーな異国風のものまでと、バリエーションに富んだ食事を持って通ってくれた。  あの子がこの部屋に来る度部屋には甘い香りが立ち込め、俺の心を尽く和らげてトゲトゲしがったはずのこの部屋の空気さえ、懐かしく優しい空気に変えてしまう。今ではあの微笑ましげにこちらを見つめる温かな蜂蜜の瞳を信じ、一緒に食事をとれる仲にまで打ち解けた。  今まであの子は食事中で無防備な俺に危害を加えるなんて事は一度もなく、その素振りすらもなかった。気付いた時には二度目の俺もすっかり気を許したようで、あの子にだけは警戒心を感じなくなっていた。  いや……それどころか、むしろ懐きまくっている始末。何があったんだ俺の中の聖獣。うわ、やめよう。なんかこの言い回しは14歳でかかる病を連想させる。  思わずぶるりと体を震わせ、危なかったーと息を吐き出せば、俺の背後では己のモノである筈のしっぽが独りでにぶんぶんと振り回されて壁にあたっていた。……俺のなのに。地味に痛い。これが自傷行為か、なんて多分なんか違うんだろうなって事を考えながら、うんうんと心の中でふたつ頷いた。  己はもう猫なのだから気を付けねば、などと呑気に考える。……この際、聖獣のしっぽが一般の猫と同じ脆さなのかどうかは置いておく。どっちにしろ、痛いものは痛いのだから関係ないだろう。  首輪の解除はあの子に付き添ってもらいなが……あぁいや、あれはもう、しがみついていたと言った方がしっくりくるかもしれないが。とにかく、俺は無事あの髭を蓄えた中年を傷付ける事も無く、首輪の解除をしてもらう事に成功したのだ。……たとえあの時の俺の姿が傍目からは飼い主に動物病院へ連れて行かれる哀れな飼い猫とダブって見えていたとしても。うん、首輪さえ取れてしまえばお釣りがくる。  ……な、そうだろ?  そして現在────。  晴れて俺の首輪は取れた訳だが、今は絶賛留守番中だ。  ちなみに俺は今、鳥が去った後に何処からか飛んできた窓の外をヒラヒラと誘うように揺れる蝶々を目で追っていた。 「…………」    ……え?で、結局首輪は取れたのに何でまだここにいるんだって?  いやぁ……それがs……ぁっ、今だ!────…っじゃねえ!!  おおぅ……危なかった、まじで手が出そうになってた。  俺は思わず反射的に伸ばしそうになった自分の腕にしっぽを絡めて止めた。何が今だ!だ。全然今じゃないし、別の時でも手は出しちゃダメだろ。……流石にな、蝶々相手は流石に。  え?……あー、こほん。  えっと、なんで首輪取れたのに逃げないのか、だったよな。  それがさぁ……あの子の傍ってなんでか妙に居心地が良くって。  ちなみに件のあの子は今外出中だ。確か……今日は街に行くと言っていた気がする。  大抵、あの子が街へ行った日の帰宅時間はマチマチ。日の暮れる前に帰る日もあれば、日が落ちて月が昇り星の輝きが顕著になる深夜になるまで帰ってこない日もある。  幼いのにご苦労な事だが、それでは大きくなれるもんもなれないだろうにと、恐らく成長期であろうあの子の心配をしたのは一体何度目か。皇子というのはそんなに忙しいのだろうか。……俺には理解できない世界だ。
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