─第二章─約束をしよう

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no-side──────── * * *  相変わらず出窓に登り窓の外を眺める少年は、とっくに日が落ちて夜の帳が影を落とす世界に溜息をつく。夜の世界が映された宝石のように美しい瞳が暗く染っている。 「…………おっせ」  一体何時だと思っているのか。少年はまだ帰ってくる気配のない新しい友人を想い、もうじき零時も回るんだけど、等と無意識に口を尖らせる。彼の尻尾は大きく揺れ、苛立たしげに出窓の枠をタシン、タシン、と断続的に打ち続けている。  少年は猫のものよりもやや丸みを帯びた豹耳をぺたりと倒し、くあっと欠伸を漏らす。  少年は友人……ギルバートとは良好な関係を築いている。しかし、それ以外はてんで駄目。姿さえ見えなければ何ともないが、目の前に来られるとどうにも警戒心が勝ってしまうのだ。 「……眠いし、腹減った」  しかし、夕方少年の腹におさまる筈だった食事は、いつも通り断ってしまった。その後も何度かギルバートの代わりに宮の人間達が食事を届けに来たが、やはりノックの時点で追い返してしまった。  腹は減ったが夜も更けてだいぶ眠くなってきた。少年はこのままふて寝でもしてしまおうかとその場で身を丸めて見るが、空腹からか……それとも別の要因か、胃がきゅうっと寂しげに締め付けられるだけで、眠気に負ける事も難しかった。  少年の胃が寂しげに鳴く中、それに紛れるように湧き上がる胸の寂しさ。少年は不思議だった。何故あの子といると心地がいいのだろう、ぐるぐると考え出すとそれに同調するかのように彼の尻尾の先端がピコピコと動く。  思えば、ギルバートの外見はかつての少年の友人に少しばかり似ていた。かつての友人……安藤は少年の周囲でバカ騒ぎをしていた同年代の男たちより遥かに品がよく、大人っぽかった。穏やかで優しく、誰にでも甘い顔で微笑む様は正しく王子キャラだった。  しかし、ギルバートからしたら元々正真正銘の皇子なのだから当たり前だろう。もはや似てるどうこうと言うよりは、ギルバートの方が本家だと言った方がしっくりくる筈だ。  貴公子然とした安藤も流石に自分へ敬語を使ってきたりはしなかったし、ギルバートのようにあんなあからさまにキラキラした目で見て来たりもしなかった。  全く違う人間。それも全く違う国、それどころか全く違う世界。血縁関係も無い、育った環境も違う他人に面影を求めるなど、なんて馬鹿馬鹿しい事か。それに、と少年は無意識に抱き込んでいた尻尾を掴み握り締めた。  だって、 「それって、俺がめっちゃ安藤好きみたいじゃねーか」   やめろーなんて身悶え、出窓の上から落ちてはぐるぐると転げ回る少年。……きっとここに当の安藤が居たなら、爽やかな笑みを湛えながら遠い目をする等という器用な技を披露してくれていた事だろう。  そうして暫く、モップと化した少年が部屋の掃除をあらかた終えた頃。少年はハタ、とフリーズしたかと思えば、へにょりと眉を下げた。 「て言うかそれじゃあ……俺があの子を安藤の代わりにしてるみたいじゃん」  それは失礼だ。ギルバートにも、安藤にも。ギルバートはあちらでの少年を知らず、安藤もまたこちらでの少年を知らない。  なんだか罰が悪くなってしまった少年は知れず眉を顰め、定位置の出窓の上へと戻る。窓の外、眼下に存在する庭園に昼間の華やかさは無く、今は等間隔で置かれる暖かい色の照明で柔らかく照らされており、見る者を穏やかな気持ちにさせる。おそらくそれは、若干萎びれ気味であった今の少年には丁度良かっただろう。
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