─第二章─約束をしよう

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「今日はレッドタルトですよ」  そう聞くなり少年は耳と尻尾をピンと立たせ、心做しかキラキラとした目をギルバートに向けた。その反応にギルバートは、好物にしておいて良かった、と内心で小さく勝利の拳を掲げた。 「……あの甘酸っぱい実のヤツ?」 「そうですよ」 「食う」  少年はピンと立てた尻尾をぷるるっと震わせるなり出窓の上からぴょんと飛び降り、いつも食事をとる際に使っているバルコニーへのガラス張りの扉近くにある、2人用のダイニングテーブルへと真っ直ぐ向かった。  さっきまでの不機嫌は何処へやら。少年のゆったりとしなやかに振られるふわふわとしたご機嫌な長い尻尾に、ギルバートはうっとりと目を奪われていた。  伏し目がちに落とされた瞼の下から覗くのは、鮮やかでいて深い、タンザナイトの瞳。ややつり上がった目元を飾るそれは、まるで星屑が瞬くかの如く煌めいていた。  癖が無くサラサラとした青みがかった銀髪も、時折己の足に友好的に絡んでくるふさふさの長いしっぽも、何処も彼処も美しい。  ……しかし、とギルバートは目の前の少年がもぐもぐとタルトを咀嚼し、頬を膨らませているのすらも愛らしいとひとつ謎に頷きながらも考え込んだ。  ひとつ不思議な事をあげるなら。ギルバートが少年の顔を褒めるたび、彼が何故か微妙な顔をする事だろうか。こんなに綺麗だと言うのに、彼にはあまり自覚がないらしい。  聖獣としては美しい事が当たり前なのだろうか?それとも、美的価値観が違うのだろうか。ギルバートは思考をめぐらせてみるが、それも直ぐに霧散した。  脳裏に過ったのは己の耳や尻尾を綺麗だ、可愛い等と褒められて、少し照れくさそうにしつつも何処か自慢げに耳をぴくぴくと震わせ、しっぽをゆーらゆーらと大きく揺らしてみせる少年の姿。まるで「そうだろう」とでも言いたげな様子で、少しだけ誇らしげに胸を張る仕草にギルバートはいつもキュンとさせられていた。  最初の頃に向けられたあの瞳孔の開き切った目や恐怖に寝た耳、腹の方へと隠す尻尾など今や見る影も無かった。
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