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ギルが日中街へ出かけているのは、何処かの誰かを助ける為だ。
いつかの俺のようにこの国の腐った貴族の被害に遭っている子供や女性を助けた日、ギルが決まって夜更けに帰ってくる事を知っていた。だってそんな翌日には、噂好きな使用人達が必ず喜びに声を上げるから。
だけど、ギルは見合った対価を貰ってない。
この国の人間は何処か冷めていて、平民だって口では『隣のお嬢さんが貴族に────』なんて言って、友人だと言う隣人の為にとギルの諜報員へと情報を届けようが何処までも他人事なのを知っている。ギルもそれを知っていた。
心配なんてただのポーズで、結局はギルの事を体のいい何でも屋か何かだと思っているのだろう。
翌日には、友人であるはずの父親が身体を壊している傍らで、そのお嬢さんの母親と仲良く不倫関係を深めていたらしい。そんな情報を聞いて、ギルが慣れた様子でやれやれと肩を竦めていたのは記憶に新しい。
母親など、実の娘の安否にも無関心なのだ。血の繋がらない他人なんて、もっとどうでもいいのだろう。
助けた人間達からはただただ陳腐な感謝の言葉を贈られ、かわりに貴族達からの鮮明な敵意を贈られる。
────贈られるものは毒か、侮辱の場への招待状か。
「まあ……いいけど」
「…………、」
本当は、全然良くなんてない。
ギルが敵意を向けられるのも嫌だ。
だけど、本人はそれをわかってやっているし、ここに居る。なら、俺が出来るのはそれを助けることだけだ。
友達の為になる事……今、ギルに必要な事はなんだろう。
別に俺がまた遊びに来れば良いだけだし、なんて考えながらするりとギルの手からしっぽを引き抜くと、何故かギルの手が名残惜しげに追いかけて来たが、今は何ができるか考え中だったので俺は気付かなかったフリをした。
「………っよし、決めた」
「え?」
「仕事って程じゃねえけど、俺ここでする事決まった」
俺はこてりと首を傾げるギルに、くるりと踵を返して背を向けた。
そうと決まればとっとと部屋に戻るぞと言わんばかりに歩き出せば、ギルも慌てて追いかけて来る気配がした。
しかし、直ぐに横に並んだギルに「あの、何をするんですか?」と聞かれてから、あ……と、また言葉が足りなかった事に気が付かされた俺は隣で揺れるギルの手を取り、手のひらに出来た硬いマメをざり、と撫でた。
「お前剣は習ってんだったよな?」
「え? はい、それなりには…………」
俺は庭園から抜けて建物との変わり目に差し掛かったところで足を緩め、同じように足を止めてそれがどうしたと言わんばかりの顔をしているギルへ振り返って言ってやった。
「魔法、俺が教えてやるよ」
困惑しっぱなしのギルを置き去りにニヤッと笑った俺の顔はきっと、悪巧みでもしているかのように見えただろう。
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