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数ヶ月前────。
その日、森で一匹の幼い聖獣が人間の男達に捕まった。
聖獣はまだ幼く、加えて手負いであった為に大した抵抗も出来ぬまま人間に攫われた。
「こりゃ聖獣の幼体だ!」
「すげえな、売れば一生遊んで暮らしたって使い切れねえ金が手に入るぞ」
喜色を前面に出す男達は、力無く抵抗する聖獣にカケラも同情することなく、手持ちで一際大ぶりな麻袋へと強引に押し込んだ。
売り物にこれ以上の傷が付かぬよう彼らにしては繊細な手つきだったが、そこに幼い聖獣を労る優しさは無かった。
* * *
音楽ホールの様に一段ずつ高くなる形で並ぶ夥しい数の席。この日、二階席もあるそこは全ての席が埋まっていた。
しかし、彼らがここで意気揚々と待っているのは、伝統ある踊り子達の優美なダンスでも、今話題の歌姫でもない。彼らの目的は総じて競りにかけられる珍しい商品だ。
ここは所謂オークション会場。それも奴隷がメインの悪趣味な場所である。
売られるのは子供から大人まで、種族問わず人間から亜人、魔獣に至るまで多岐に渡った。
『さあ、皆様がた! 真打はいよいよ本日の目玉商品────雪豹の聖獣でございます!』
嬉々とした司会の声に続いて聞こえてくるのは、歓声ではなく困惑したようなざわめきであった。
「本当なのか?」
「雪豹だぞ? 流石に偽物だろう」
「あら、けれどここのオーナーがニセモノを目玉にするかしら……」
しかし、そんな客達の元へ聞こえてきたのは、舞台袖から響く幼い獣の鳴き声だった。
その声に会場の客たちは一様に口を噤み、件の音に耳を澄ませる。
会場は静まり返り、運営側の人間にカラカラと押される檻の中、「ミィ、ミィ……」と哀しげに鳴くネコ科の獣が舞台の中心へと晒された。
青みがかった白銀の毛並みに、不思議な虹彩を魅せる青と紫の鮮やかな瞳。
聖獣が耳を寝かせて瞳孔を開き、小さく鳴いて怯える姿が愛くるしく映りでもしたのか、途端そこかしこで歓声が上がった。
ここには異常者しかいない。
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