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「────白狼か……?」
「いやしかし、それは変異種のはずでは……?」
「遠目でわかり辛いけれど……どうやらネコ科のようですわね」
「では光猫かしら?」
「それにしては耳が尖っていない」
「色も柄も違うわ」
「では…………ホンモノ、なのでしょうか?」
「人化はしていないようだが」
「ええ、聖獣ならば人化ができる筈ですのに」
「……ニセモノだから出来ないのではないか?」
「あら、まだ幼体だからなのでは無くて?」
その後も「新種の魔獣では?」等、至る所から上がる客達の声に司会は取り乱すことなく手を叩いて注目を集め、「それでは、聖獣の人化をご覧ください!」と高らかに宣言した。
客達は聖獣の人化と聞いてハーフマスクの下の目を輝かせ、人化後の期待に息を呑む。
相変わらず怯えた様子の聖獣がしなやかな尾をひと振りすると、その体は瞬く間に吹雪に覆われた。
しかし、それは直ぐに霧散し、先程とは違う簡素な白いブラウスを纏った人型の姿を晒す。
「なんてこと……!」
「これは美しい」
「ああ、怯えてしまって……とても可愛そうだ」
年の頃は十歳前後。青みがかった白銀のサラサラとした髪に、タンザナイトを思わせる青紫色の瞳。少年の頭部には獣の姿の際と同じ豹耳が生え、尾骶骨あたりからは尻尾も生えていた。
しかし、宝石のように美しい瞳の中にある瞳孔は開ききり、耳はペタンと寝てしまっている。
「とうさ……かあ、さ……」
必死に自身の尻尾を抱き締め、不特定多数からの好奇の視線に耐える。
少年は反抗する度に与えられてきた隷属の首輪の苦痛に耐えかね、強制的に人化せざるを得なかった。
細い首に不釣合いの重厚な首輪。白くしなやかな四肢には枷がはめられ、それぞれ多少の余裕をもたされた鎖で繋がれている。
身じろぎ、ジャラジャラとした重く硬質な音が響く度、少年の中では人間に対する憎悪が溜まっていった。
そんな間にも、こぞって金額を釣り上げていく貴族らしい人間達は「これならもし騙されていたとしてもいい。本物じゃ無くても欲しい」と、各々の欲を燻らせる濁った目で、どんどん競りを進めていく。
少年はその手の好事家やコレクターにとって散財を惜しませない存在だった。
現在に至るまでの過程で疲れきっていた幼い少年はすでに逃げることを諦め、ただ体を小さく縮めていた。せめてこれ以上自分に痛みを与えない人間に買われる事だけを祈って。
相変わらず、憎悪の感情は一滴ずつ器を満たしていた。
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