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太田は夢でも見ているのか、と思ってしまった。
太田自身は自他ともに認めるほど地味な普通の男子高校生である。優れた容姿も、秀でた才能も持っていない、読書だけが趣味の高校二年生。
そんな太田に、千載一遇ともいえるチャンスが巡ってきた。
目の前にいるのは、夕日に照らされた女神像と見紛うほどの同級生、木村である。彼女は放課後の誰もいない、二人きりの教室で太田に対して、信じられない言葉を放った。
「あ、えっと、今もしかして僕に告白しました?」
状況を信じられずに太田が訊ねる。すると木村は、世界中の男性を虜にしてしまえるだろう、と思うような笑顔で、先ほどの言葉を繰り返した。
「太田くんが私のことを好きって聞いたの。私も太田くんのこと気になってたから、問題なければお付き合いしてみる? って言ったのよ。この言葉に、もしかして、なんて解釈が存在するかしら」
この言葉を聞いたのは二度目だというのに、太田は新鮮に驚く。
あの木村さんが、僕のことを、お付き合い、箇条書きのように疑問符が頭の中に溢れた。まるで、インターネット配信で画面上を流れるコメントのように通り過ぎる自問を振り切って、太田は口を開く。
「お付き合いって、木村さん、本気ですか?」
「冗談でそんなことを言うように見える?」
「どうして、僕なんかを」
「恋愛に理由が必要かな」
太田が何を聞いても木村は即答した。それでも戸惑いの沼から抜け出せず、問いを続ける。
「だって、僕ですよ」
「うん、太田くんだよ」
「木村さんですよ」
「そうだね、私は木村」
訳がわからない。同学年の男子で木村さんに憧れを抱かない者などいないのに、と太田は頭を抱えそうになる。
それと同時に、告白に対してこのような態度でいるのは失礼だと気づいた。気づいたとしても太田の中では戸惑いや驚きを混ぜ合わせた感情の方が勝る。
「その、僕は特に目立つような男でもないですし」
太田が言う。すると木村は首を傾げた。
「それは周囲の評価だし、私には関係ないでしょう」
「嫌じゃないんですか」
「嫌ならこんなこと言わないと思わない?」
「そうですけど……」
返す言葉がなくなり、太田の言葉は下降して消えた。返す言葉がなくなったことで頭の中が整理され、ありきたりな可能性が浮かぶ。
それは呆れるほどありがちで、物語的で、非情な可能性だ。
僕は騙されているのかもしれない。何かの罰ゲームか、遊びで木村さんは僕に告白をしているんだ、と太田の思考は自分が現実的だと思える答えに落ち着く。
「これって何かのドッキリとかじゃあ……」
あえて太田は罰ゲームや遊びといった強い言葉を避け、自分も傷つきにくいドッキリという言葉を選んだ。
だが、木村は少しも気にしていないような表情で首を横に振る。
「ううん、違う。そんなことをするような女だと思ってる?」
「そうじゃないですけど……どうしても信じられなくて。そもそも僕の気持ちを一体誰から」
太田が木村に対して恋心を抱いているのは事実だ。容姿だけでなく、どんな相手でも分け隔てなく接する優しさ、明るく照らす太陽のような性格、どの要素も太田の心を強く惹きつけた。
むしろ木村に惹かれない男などいないのではないか、とすら思ってしまう。
木村からの告白を夢みたいだと感じ、すぐに信じられないのも無理はない。
そして、このような奇跡的状況を作り出したのは、木村に太田の気持ちを伝えた誰か、である。それが誰なのかを知りたいのは自然だろう。
太田の問いかけに対し、木村は軽く微笑んでから答えた。
「愛美ちゃんだよ。金森 愛美ちゃん」
「金森が」
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