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話は今月の始めくらいまで遡る。
その日、たまたま浅草に営業に来ていたカツさんは、営業終わりに折角浅草に来たということで、普段は通り過ぎるだけだった浅草寺をゆっくり見て周り、その足で台東区日本堤にある『湯どんぶり栄湯』に足を運んだ。
『湯どんぶり栄湯』はモコさんやタケさんたちも利用するコミュニティサイト『湯どんぶりの待合室』も展開していて、3人で何度か来た事があったが、こうして1人でくるのは久しぶりだ。
しかし、今日は時間が早かったので、まだシャッターがしまっている状態だった。時計を見るとあと15分ほどで開店するし、この先の喫茶店に行ってもまた戻ってくるのは時間がかかってしまう。どうせなら、一番風呂を狙いたいからカツさんは隣のランドリーでパソコン作業をしたりして時間を潰していた。
暫くすると一台のトラックが店前で停まった。タオルや液体石鹸といった銭湯備品類を運搬している業者だ。
運転席から1人のガタイの良い男性が降りてくると、慣れた手順で荷台を開け、見るからに重量がある『液体石鹸』、『液体シャンプー』と書かれた箱を次々に台車に乗せていく。
何となくその作業風景を見ていたカツさんだったが、作業をしている男性の顔を見た瞬間、カツさんはその男性から視線を外せなかった。カツさんにとって、懐かしい。見覚えのある…忘れられない存在だ。
「…と、俊雄!」
思わずその男性の名前を呼んだ。
『俊雄』と呼ばれたその男性は、作業の手を止めてカツさんの方を見た。
「…え…っ」
俊雄は暫くカツさんを見つめたまま動けずにいたが、戸惑いを振り払うように視線を外すと再び作業を再開した。
「と、俊雄!やっぱり俊雄だよな!あ…あの…」
「気安く呼ぶんじゃねーよ!」
俊雄は吐き捨てるように怒鳴るとカツさんを残して仕事を続けた。
俊雄が去り、独り残されたカツさんはやり場の無い思いでただ立ち竦むしかなかった。
「…カツさん、その、俊雄さんって」
モコさんの言葉にカツさんはゆっくりと顔を上げ、戸惑い気味に話し始めた。
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