再会

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 俊雄という男性はカツさんの息子だ。  カツさんは昔勤めていた会社からリストラを言い渡され、最初は抗議もしたが会社側は「決定事項だから」の一点張りで結局半ば強引に解雇されてしまった。その怒りと不満の矛先はあろうことか妻と当時小学6年生だった俊雄に向けられてしまい、再就職探しも困難を極めたこともあって、連日夫婦で口論が絶えず、中学受験真っ只中だった俊雄が間に入った時もあったが、感情の制御が出来なかったカツさんは俊雄に怒号を浴びせ、手を挙げてしまったのだ。  納得のいかない不安な日々の中で募っていった不の感情を言葉で、手のひらで…大切なはずの家族に、息子に向けてしまった…カツさんは今でも俊雄の頬を叩いた感触、その後の俊雄が向けてきた失意に満ちた視線を忘れることは出来ないという。 「そんな事があって、奥さんは俊雄の受験もあったから実家に帰って、そのまま別居になったんだけど、俊雄の中学進学が決まって、入学するタイミングで正式に離婚。俊雄とはそれ以来、会っていないんだ」  別居し、離婚が避けられない状況になるとカツさんは感情任せに2人を怒鳴ってしまったことや手を上げたことを激しく後悔する日々を送りながら、何とか改心して再就職先を探し、ようやく今の会社で働くことが出来た。  元妻とは離婚してからも連絡を取り合っていたので中学の入学式や部活動の姿を写真で送って貰っていた。 「奥さんと連絡を取り合えるようになったなら、今まで息子さんに会う機会がは無かったの?」  モコさんは他人の家の事だし、あまり踏み込んだ事を訊くのは気が引けたが、こうしてカツさんが話してくれていることもあって、あえて訊いてみた。 「…今の会社に入って何とか普通に生活出来るようになって、少しずつ奥さんと連絡を取れるようになったし、実際会って話をする事も出来たんだけど、奥さん曰く俊雄は、会いたくないって言っていて。それでずっと会えていないんだ。まさか偶然会えると思っていなかったから驚いたよ。写真で成長を見てきたけど、あんなに男前になっていたなんて…元気そうで良かった」  俊雄の事を語るカツさんは、普段見ているおちゃらけた感じとは違って父親の顔をしていた。その表情からカツさんがかつて酷いことをしたとはいえ、どんなに息子の俊雄を大事に思い、再会を熱望していたかが分かる。 「…俺、奥さんにも俊雄にも酷いことをした。今更なのは承知だけど、どうしても謝りたくて…だから俊雄が勤めてる配送会社を栄湯の若旦那から聞いて、担当ルートがあの近辺の銭湯が殆どだって分かったから、無茶を承知で、開店前に待ちながら会って話すチャンスを伺ってたんだけど結局、ダメだった…」 「えっ!もしかしてカツさん、俊雄さんが何時に来るか分からないのに、ずっと店前で待ってたの?!」 「うん。モコさん達との約束の日もギリギリまで待ったけど、ダメで。それで何度も遅刻しちゃったんだ。本当にごめん…」 「でもカツさん、ダメだったっていうのは会えなかったってこと?それとも…」 「…会えたけど、最初の時と一緒で「しつこい!」て言われて、何も話せなかった」  カツさんは寂しそうに肩を落とした。  しかし、いくら過去にカツさんが荒れていて、酷い仕打ちを受けた俊雄は確かに辛かったっ思うし、理解は出来るが、時が経ってカツさんもしっかり仕事をし、家族に酷い仕打ちをした事を詫び、再び家族を想えるようになったのだから、少しはその想いに応えても良いのではないか…赤の他人ながらモコさんは今のカツさんが不憫に思えて仕方なかった。 「でもカツさん、俺がこんな事を言うのはどうかと思うけど、息子の俊雄さん、辛かったのは分かるけど、カツさんがそこまでして謝罪しようとしてるのに、それに応じない俊雄さんも酷いと思うな」 「…でも、俊雄がそこまで俺を避けるのは、全部俺が悪いから…。確かに、俊雄の身になってみたら、偶然とはいえ、いきなり現れて話をしたいがために待ち伏せとか、ストーカーみたいだし、今更だし…だから、もう待つのは止めるよ」 「え?どうして?」 「明日から関西に出張で、しばらく東京に居ないんだ。これ以上待ち伏せしても俊雄に嫌な思いをさせてしまうし、余計怒らせてしまうから、丁度いいタイミングなのかもしれない。 俊雄にはしっかり面と向かって謝罪と、色々な話をしたかった。でも、それは叶いそうにないな」 「…カツさん」 「…ランドセル背負っていたのに、あんなに立派になって。元気そうで安心した。その姿を見れただけでも、満足だよ。モコさんやタケさんには心配と迷惑をかけちゃって、本当にごめん!」  カツさんは諦めたような表情と共に小さくため息を吐いた。  モコさんはそれ以上何も言えず、2人の間には気まずい空気が流れたが、暫くしてカツさんは重い空気を振り払うように「そろそろ風呂行こうか」と言った。  浴室でのカツさんはいつもと変わらずだが、モコさんにはさっきの話の内容が内容だったちだけに、気を使っていつも以上に明るく振る舞っているように映った。その証拠に、いつものカツさんならサウナ室内で目を瞑りながら、ローリュウで上昇した熱をしっかり感じながら室内の空間を全身で愉しむのに、ずっと上の空状態だった。 「モコさん、今まで心配と迷惑をかけてごめんね。タケさんには後で連絡を入れて謝るよ」  入浴から別れ際まで息子・俊雄の話をすることは無かった。  浴室内でもモコさんを気遣ってか、饒舌に最近都内に出来たサウナの話をしたりしていたが、その表情は心ここに在らずのようで。モコさんはただ相槌を打つしかなかった。 タケ『カツさんから今までの遅刻の理由、LINEで聞きました。なんて言っていいか分からなくて、複雑な気持ちです。 カツさん、息子さんのこと本当諦めちゃうんですかね…』  満縁湯から帰ってきてスマホを見るとタケさんからLINEが来ていた。あの後、カツさんはタケさんに誠心誠意謝罪をし、モコさんに話した内容と同じことをタケさんに伝えたようだ。  スマホを置いて缶ビールを二本飲んだが、いつもなら気持ち良く酔いが回ってそのまま寝付けるのに、今夜は酔えずにいた。 電気を消し、布団に入ってみてものの頭が冴えてしまっていて眠気は何処へやらだ。  天井を見つめながら、モコさんは長い溜息をついた。 「…カツさん…諦めていいのかよ…」  誰もいない部屋で、モコさんはぽつりとつぶやいた。
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