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新幹線から見える景色が発車時は都内特有のビル群から、長閑な風景に変わる。
カツさんは出張の際必ず注文するスジャータのアイスをお供にその景色の変化を楽しむのが密かな楽しみだ。
今日は大阪で新商品の打ち合わせがあり、明日は以前から贔屓にして貰っている梅田と住吉の取引先に挨拶に行き、明後日は神戸に移動だ。
車内で打ち合わせ用の資料を見直し、頭の中で打ち合わせのイメージトレーニングを行う。考え過ぎや出来過ぎたりするのは良くないが、先方から訊かれそうな質問を予め予測し、準備しておけばスムーズに打ち合わせは進行するし、カツさんとしては折角の出張なので、本社に成果を持って帰りたかった。
「パパ!見て見て!富士山だぁ!」
子供の声がして手が止まった。
通路を挟んだ2名席で5〜6歳くらいの男の子が窓の外に見える富士山を指差してはしゃいでいる。隣に座る父親であろう男性は男の子が指差す方を一緒に見ては「今日は晴れているから富士山が綺麗に見えるな」と感激している様子だった。
再び資料に視線を戻すが、思考は容赦無く思い出の箱の蓋を開けてしまい、仕事から遠ざかってしまう。
『…そう言えば、俊雄があの子くらいの時に一緒に新幹線に乗って富士山を見たなぁ』
しかし微笑ましい思い出に浸ったのは一瞬で、次に脳内で再生された映像は大人に成長し、偶然再会できた姿だったが、カツさんに向けてきた視線は、子供の時の無邪気なものでは無く、憎しみに満ちたものだった。その表情だけが何度も再生される内、カツさんは溜息と共に肩を落とすのだった。
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