プロローグ

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 私はフロント業務という仕事を通してお客様と接している中で、ありがたいことに常連さん達と仲良くなる事も多い。しかし、私は彼らや彼女たちの本名や普段の仕事などのプライベートに関しては全く知らない。  それはカツさん達も一緒で、3人はお互いをTwitterやコミュニティ内でのアカウント名で呼び合っていて、それぞれ出会ってから随分経った今でもお互いの本名や仕事、住んでいる場所も詳しくは知らないという。  『お互いを呼び合う名前とサウナや銭湯への愛さえあればそれでいい』  ある時、モコさんが言っていたのを思い出した。その言葉に私は激しく同意した。  私も銭湯やサウナの情報を仕入れたくて、同じ様に銭湯やサウナ好きさん達と繋がりたくて、Twitterは勿論、アプリでは『サウナライフ』、『サウナイキタイ』、湯どんぶり栄湯さんがやっているコミュニティサイト『湯どんぶりの待合室』を利用し、今やチェックするのが日課になっているくらいだ。そこでの私も『サツキ』のアカウント名でやっていて、この満縁湯で働いていることも明かしているから、時々それを知っているフォロワーさんやコミュニティ参加者さんがお客さんで来てくれることもあり、私にとって会社以外での仕事を超えた人間関係が出来るのが何よりも嬉しく、楽しい。そんな『楽しい』があるおかげで何気ない日常を笑顔でいられる。 「いやぁ〜!今日も気持ちよかったぁ!」 「ととのったぁ〜」 「生き返りますねぇ〜」  来店する人もいれば、入浴を楽しんで帰る人もいて、ロビーはいつも人の出入りが激しい。 「いらっしゃいませ〜!」  18時台になると、今日も近所の人を始めとする常連さん、Twitterのフォロワーさん、外国人観光客の人たちが続々と来店し、浴室、サウナ室だけでなく2階の食事処もいっぱいになった。  早苗さんとフロントを代わり、私は脱衣所の清掃に向かう。  近所に住む3人の子連れの女性は脱衣所で長女とまだやんちゃな2人の男の子に手を焼いていたが、一緒に身体を洗い合いながら仕舞いには浴槽に4人一緒に入ると子供たちは「熱い、熱い」と言ってはいたが、やがてみんなでくっつきながら楽しそうにお湯に浸かっていて、その真ん中にいる母親もさっきは眉間に皺を寄せて厳しい表情をしていたのに、一転して楽しそうだ。  この世界だからこそ、この世界じゃないと出逢えない人たちがいる。  この場所だから、見れる光景がある。  だから、私は今日もここ満縁湯で来てくれるお客様を笑顔でお出迎えし、寛げる空間を作る。  これはそんな満縁湯を中心に、ここに来る人たちの物語。 プロローグ【完】
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