コーヒー牛乳

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コーヒー牛乳

 満縁湯の1日は朝から忙しい。  朝湯が6:00〜9:00。その後清掃作業があり、11:00からは通常営業で23:00まで館内はフル稼働だ。  朝湯では女将の早苗さんがフロントと清掃をし、通常営業の11:00からは早番担当のムツ君と2人でフロントや清掃、館内の裏方作業を行い、私が出勤する17:00からは遅番になるのでムツ君と交代でそれまでの業務を女将さんと私とで行う。  平日の時の私の担当は遅番。会社が休みの土日祝日は早番に入っていて、早番だと受付は殆どムツ君がやり、私は館内外の掃除やタオルの補充と回収などの仕事が主だ。  今日は朝から良い天気だったので、まずは入口周辺を軽く掃除することから私の仕事は始まる。  ふと見ると、1人の女性が複雑そうな面持ちで満縁湯を見つめていた。  誰だろう?様子からして誰かを待っているようには見えなかった。 「あの、何かお困りですか?」 「あ、いいえ。ごめんなさい…」 「あら!安城さん!」  女将の早苗さんの声がして振り向くと、受付から早苗さんが小走りでやって来た。 「お久しぶり、元気でした?お母さんもお元気で?」 「し、失礼します」  女性は早苗さんが近寄ってくるやいなや、避ける様に走り去ってしまった。 「早苗さん、あの人は?」  早苗さんは走り去る女性の背中を暫く見つめ、一つため息をついた。 「…やっぱり、まだ気にしているのね」 「え?」 「サツキちゃんは初めてだったわね。あの人、安城さんっていってね。彼女が子供の頃からお母さんと共にうちを贔屓にしてくださってた常連さんなの。 毎週水曜日と金曜日には必ず入りに来てくれていたけど、お母さんが高齢で脳梗塞で倒れて左側に麻痺が残っちゃってね。リハビリを頑張ってようやくここに来れるくらいになれたんだけど…浴室でお母さんが粗相をしちゃって。以来、彼女もお母さんも来なくなっちゃって。 安城さんが時々この前を通ってるのは知ってるから、見かける度に声をかけてるんだけど、やっぱり気にしてるのね」  そう語る早苗さんの表情はどこか寂しそうで、私は何て声をかけていいか分からなかった。 「サツキちゃん」 「は、はい!」 「もし安城さんがまたこの前を通ったら、声かけてあげてね。またいつかお母さんと一緒、もしくは1人ででも来てくれると思うから」  そう言い残し、早苗さんはフロントに戻って行った。  安城さんが歩いて行った方を見たが、もう彼女の姿は無く静かな住宅街があるだけだ。  子供の頃から…そんな前から慣れ親しんだ場所を見つめる安城さんは、どんな想いでこの満縁湯を見つめていたのだろう。 私の想像では到底及ばなかった。
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