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重たい足取りでアパートの階段を2階まで登る。
若い頃だったら、駆け足で登っていた階段も今は日に日に登るのが辛くなってきていて、自分も歳なのだと痛感する。
朝から実母・公恵(きみえ)の朝食を作り、夕方まで都内のビル清掃員として働く毎日。仕事が終わると足早にスーパーに行き、夕食の買い物をして家に帰ると買ってきた食材を冷蔵庫に入れつつ、脳梗塞で倒れて以来左半身が麻痺して介護を必要としている公恵を看る。それが安城裕子の日常だ。
母が脳梗塞で倒れた時、一命は取り留めたものの左半身に麻痺が残ると医師から言われた裕子は、医師のアドバイスを受けた食事の管理やリハビリにも同行し、その甲斐あって母は杖をつきながらだが、少しずつ歩行が出来るようになり、ままならなかった会話も今はゆっくりとなら日常会話に支障がない程度にまで回復した。
夫の孝之は単身赴任で名古屋にいるので、離れ離れの生活だが、裕子はそれで良かったと思っている。夫婦とはいえ、自分の親の介護を孝之にお願いするのも気が引けるし、ましてや家事のことも母と孝之の2人分をこなすのは体力的にきつい。リハビリで回復したとはいえ、今は母の世話だけで精一杯だ。
「裕子さん、お帰りなさい」
帰宅して冷蔵庫に食材を入れている裕子に声をかけたのはいつもお世話になっているヘルパーさんだった。
「裕子さん、お母様の洗濯物、こちらに置いておきますね。あと先程掃除機をかけてオムツも替えましたので」
ヘルパーさんから簡単な引き継ぎが終わると、家には母と裕子の2人だけになった。裕子は休む間無く洗濯機に自分の分の洗濯物を放り込んでスイッチを押す。その後は台所で野菜を刻みながら、自室にいる母の様子を窺いながら夕飯の用意を手際良く進めていく。
母は自室でただ静かに窓の外を見つめているだけだった。
野菜を刻み、味噌汁の具を用意しながら、裕子はさっき満縁湯で久しぶりに会った早苗さんの表情を思い出していた。
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