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「何もかもが胡散臭い。営業職でもないのに常にニコニコしてる奴は信用できない」
「いやどんな人生歩んだらそんな思考になるんだよ」
「あんなにあっさりオッケーするんだったら何か事情があるじゃん。島を大切にしてほしいなら今までの苦労話とか。地元をもっと盛り上げたい思いを全然しゃべらないんだぞ。年寄りって過去話好きだろ」
「すべてのお年寄りがおしゃべり好きってわけでもないと思うけど。そんなに疑う事?」
「騙され続けた人生を歩んできた俺の騙されないセンサーが反応してる」
「一応聞くけど、一体どんなことに騙されてきたんだ」
橋本の事だから女に引っかかったとか詐欺にあったとかそういうのはないだろうなと思う。野生の勘が鋭く物事には文字通りの体当たりで対応する奴だ。ちなみに体当たりして市役所の会議室のドアを壊した回数は二回である。
「こちら側からはどこからでも切れます、で切れたためしがなくて俺がキレる。騙されたと思って食べてみてってやつは100%騙される、絶対不味い。カーナビ使うとなんとなく近くに来たからここで案内終わるわって見放されることなんてしょっちゅうだ。あと絶対に許せないのは天気予報で花粉は飛沫前ですって言った日、俺は死ぬかと思ったぞ」
最後の花粉がよほど許せないのかその顔は怒りに染まっている。そういえばこいつ重度の花粉症だった、と思い出した。
「うん、割と傷が浅い」
「致命傷にならないように常に俺が疑ってかかって危機を乗り越えてきたからだよ! 天気予報だけは絶対に許さないけどな」
そんな会話をしながら二人は市役所に戻り準備を始める。おそらく荒れ放題なので山登りに行くような装備が必要だろう。長袖や軍手、もしかしたら雑草を切るための刃物も必要かもしれない。島に行くための船はあちらで用意してくれるとの事だった。
家に帰った橋本は静かに引き出しから小さな箱を取り出した。その中に入っているものを見つめる。
入っているのは注射器だ。服の上から注射の跡だらけの部分を摩る。無言のままそれを見つめてカバンの中にしまった。
自分には、大事な大事なオクスリなのだ。
当日、集合場所に行ってみると漁船が用意されていた。地元の漁港の人で、桐谷とは昔からの知り合いらしい。
あれだけぶつくさ言っていたくせにいざ船で海を渡っていくと橋本は大興奮だった。子供のようにギャーギャーと騒いで喜んでいる。
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