封印されし者

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「さっきは油断してたからあっさり体乗っ取られたけど。橋本の前向きすぎる馬鹿パワーに影響されて、僕でもできる格闘技とかやってるんだよ。合気道とか面白いぞ、車椅子の人だって相手を投げ飛ばすことができる。馬鹿力の奴と相性いいからかかってくれば」  今言ったことは嘘ではない。橋本から「心が弱いからクヨクヨするんだ」と合気道を勧められたらのめり込んでしまった。橋本は合気道をやっていないので勝てる自信はある。  どうやらとてつもない馬鹿力を持っているようだが、超能力のようなものはなさそうだ。もしそんなものがあればとっくに自分は死んでいるはずだ。  相手が動こうとした時だった。突然その場にガクンと崩れ落ちるように膝をつく。  「な!?」 「引っかかったなバーカ」  驚いたそいつの声と、立て続けに橋本がしゃべったらしい。どうやら体の主導権がコロコロ入れ替わっているようだ。  震える手で橋本がウエストポーチから取り出したのは小さな箱だった。それを開けると中に入っていたのは注射器だ。 「時代遅れの化石野郎、俺の記憶から探ってみな。麻薬って言葉を」  すぐに記憶を見たらしくソレの目が大きく開かれる。麻薬が危険であるという知識、橋本が自ら注射をして「たまんねー!」と叫んでいる映像が見えた。 「俺は昔からこいつがねぇとやってられねえんだよ。シャブ漬けになって死ね!」  ゲラゲラと笑いながら注射器を打とうとするが、そいつが抵抗したらしく注射器を地面に叩きつけて割ってしまう。ニヤリと笑ったそいつだったが腹に小さな痛みを感じた。 「!?」  振り返るといつの間に近づいたのか工藤がそこにいた。腹には注射器が刺さっている。 「僕も持ってるんだよね、何せお友達だから」 「貴様!」 「お前みたいなのに橋本をどうにかされるんだったら、こっちのほうがいいかなって」  あははと笑って注射器の中身を一気に注入するのと、そいつが悪態ついたのは同時だった。そして足の力が抜けて倒れそうになった橋本を工藤が支える。 「抜けた?」 「……なんとか。サンキュ」  工藤の問いかけに答えたのは間違いなく橋本だ。なぜなら石板からあのドス黒い何かを感じるからだ。一度体を乗っ取られたので二人ともそれの気配がわかる。  今注射したのは麻薬ではない、インスリンだ。橋本は1型糖尿病なのである。
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