ふたりぼっちの裂ケル

1/6
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 冷凍パスタを電子レンジに入れる。時間を合わせる。いつもならしっかり作るところだが、疲れているから仕方ないと割り切る。 「姉ちゃーん、ご飯だよー」 「……はーい」  少し遅れて、くぐもった返事が聞こえる。数分後、姉ちゃんが部屋から出てきた。薄茶色のふわふわの髪に茶色いくりっとした瞳、縁の細い大きな丸眼鏡。 「ありがとねぇ」  へにゃ、と笑う姉ちゃん。部屋着をダボっと着ている。毛玉がついている。今度新しい服を買いに行こう。 「いいって」  姉ちゃんは集中すると本当に部屋から出てこないから、俺が呼ばないといけない。 「食べますか」 「食べようか」  椅子に座る。四角い机に、二人だけの椅子。 「いただきます」  今日の夕飯はしらすのパスタだ。フォークに麺をくるくると絡める。 「今日も会社お疲れ様」 「ありがとう」 「へへ」 「姉ちゃんこそ打ち合わせあったんだろ? お疲れ様」 「ありがとね、(かける)」 「ははっ、いえいえ」  姉ちゃんは家で仕事をしている。いわゆる在宅勤務ってやつだ。 「どう? 作曲の調子は」 「ん〜……そこそこって感じ。まぁ普通だよ」 「そうか」  姉ちゃんの仕事は作曲。いや、作編曲と言うべきか。俺は音楽関係はあまり知らないから、よくわからない。  後藤沙也香。名の知れている作曲家だ。この前なんか、年末の歌番組に「作曲:後藤沙也香」というテロップが五回も入った。人気のあるバンドや歌手に曲を提供している。  そのほかにも、姉ちゃんは「裂ケル」として活動している。こっちは完全に趣味の活動で、作曲だけでなくアニメーションも作っている。才能を遺憾なく発揮している。ちなみに、裂ケルというのは、姉ちゃんの沙也香のさ、と俺の駆のけるを繋げて作ったのだそうだ。  対して俺は、普通の会社員。なんの才能もない、ただの会社員だ。つまらない仕事を毎日こなすだけ。  それでも、帰れば姉ちゃんがいる。たったそれだけのことで、俺は頑張れるんだ。  このパスタうまいな。今度また買い足しておこう。姉ちゃんもおいしそうに食べている。  姉ちゃんの笑顔を見ながら食べていると、いつの間にか皿は空になっていた。 「ごちそうさま。皿洗いやっておくよ」 「駆、ありがとねぇ。本当助かってるよ」 「いや、別に……」 「私がやったらお皿割っちゃうもんね」 「確かにな」  姉ちゃんは椅子に座ってぼーっとし始めた。そしてがくっと机に突っ伏した。  ……今日も体力ぎりぎりまでやっていたのか。心配だな。  俺は皿を洗う。姉ちゃんはちゃんとお昼を食べたみたいで、昨日の残りもののケチャップの付いた皿が流しに置かれていた。  部屋に水の流れる音が響く。静かな夜だった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!