3人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「後藤先輩、お疲れ様でーす。お先失礼します」
「ああ。お疲れ様」
後輩が帰っていく。十七時だ。振り返ってドアから帰っていくのを見終えたら、すぐパソコンに視線を戻す。
少し残業をすることになりそうだ。姉ちゃんに「今日は遅くなる。ちょっと待ってて」とメッセージを送る。朝からずっと既読はない。ご飯を食べていないかもしれない。早く帰らないと姉ちゃんの栄養状態が心配だ。曲を消した件も不安が残る。とにかく仕事を片付けないと。
「後藤先輩って独身らしいよ」
「えー、あんなに仕事できて頼もしいのに?」
「そうなのよ。今度食事に誘ってみない?」
「いやー、先輩は来なさそう……」
「だよねー」
なんだか俺の名前が聞こえた気がするが、俺の元まで来て言わないということは仕事関連ではないのだろう。自分の評判なんてどうでもいい。姉ちゃんさえいてくれれば、それでいい。
朝の出来事を思い出す。姉ちゃんはなぜ曲を消したのか? 批判的なコメントはそこまで来ていなかったはずだが。全て通報したはずだが。
いや、もしかして。姉ちゃんは曲ごと自らを消してしまったのではないか?
そんなわけあるか。
本当だったら?
……。
「う、うわあああああ」
一人パソコンの前で発狂する。
「後藤? おい、大丈夫か?」
「う、うう……」
部長に声をかけられる。息が、うまく吸えない。手が震える。目のピントが合わない。俺は嫌な未来を想像して震えるばかりで、何もできない。頭を抱える。
「今日はもう上がっていいから。早く休みなさい」
「……すみま、せん」
俺は頭を下げる。編集中のデータを保存してパソコンを閉じる。帰りの支度の最中、部長がみんなに声をかける。
「いつも頑張ってくれてる後藤のことだ。今日くらい先に返してもいいよな?」
「もちろんです!」
「後藤先輩、無理しないでくださいね」
「駆、あとはやっとくから」
職場のみんなは優しい。こんな会社に勤められてよかった。「ありがとうございます」と礼をして、俺は会社を去る。
帰りの電車は混んでいた。仕方ない、立つしかない。俺は「カケル」としてこんな投稿をする。
「みなさん、安心してください。裂ケルは姿を消してしまいましたが、きっと戻ってくるはずです。大丈夫です。ゆっくり待ちましょう」
数秒でいいねがつく。俺が落ち着いていないと、みんなもきっと落ち着かない。だから、最初のファンである俺が落ち着くのだ。何を考えているのかよくわからなくなってきた。
深呼吸をする。そうだ、きっと大丈夫だ。姉ちゃんはきっと家にいる。それで、いつも通り「おかえり、駆。仕事どうだった?」って聞いてくれるんだ。
電車に揺られる。
最初のコメントを投稿しよう!