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「知歩さん、安心していいよ。彼女はこの近くにはもう住んでいない。一旦自宅に戻って暮らして、その間に心さんが新しい生活環境を整えるんだそうだ。俺たちには、何も心配は無いよ。ずっと、一緒にいられる」
そう言って、彼は私を抱き締めた。
彼と過ごす時間が日常になっても、彼の優しさも気遣いも、全く変わらなかった。
彼のアパートに泊まることはなかったけど、その理由はかなり早い段階で聞かされた。
あまりに生真面目で、笑ってしまったけど。
“過去のことは言わないって約束したけど、今日だけ話をさせて”
“見られて困ることも、物も何もない。招待するのに抵抗はないよ?だから、今日も来て貰った。でも、過去にここに来た女性は、何人かいる。そんな部屋で、知歩さんと過ごすのはどうしても心苦しいんだ。特別だから”
あーあ。過去のことには触れないで良いのに。私にだって、できれば彼に知られたくない黒歴史はあるから。
それなのに、隠しておけない正直者。
“体調に問題や不安のない知歩さんを相手に何もしないなんて、拷問だし”
準夜勤明け、仕事帰りの彼と待ち合わせて食事をすることも、私の部屋に泊まることもある。でも、キスしたりハグしたりしても、それ以上彼はしなかった。
“慣れてるだけで、知歩さんは疲れてるんだよ?疲弊したり病んでたりする人を前向きな気持ちにするって、大変なことだと思う。俺は傷だけでなく、参ってた気持ちまで救って貰えた。知歩さんだけでなく、関わってくれた職員の方みんなに”
感謝されたくて、この仕事をしてる訳じゃない。でも、続けていて良かったと素直に思えた。
“すぐに引越す時間的な余裕はない。それに、この部屋は親父が賃貸じゃなくて所有物件にしてたからさ。色々親父と相談しないと。でも、引越すなら、二人で暮らせる場所が良い。知歩さん、俺と生きてく未来を考えて?”
彼がそう言ってくれたことは、嬉しかった。
でも____。
私は、幸せや安定に慣れていない。
こんな穏やかな毎日がずっと続くなんて、信じられる?
誰か、答えを教えて欲しい。
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