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第一夜∶焼き鳥と塩昆布キャベツ
薄暗くなってきた道をスーパーへと急ぐ。退勤時間直前に若い社員から呼び留められ少しだけ遅くなってしまった。
(今日は何に出会えるか…)
いつもの時間より少し遅い分、今日は何か違うものと出会えるかも知れない。そんな期待を込め、スーパーの自動ドアをくぐった。
私、永井貴文は何処にでもいるしがない会社員だ。独身でアパート暮らしの私にはちょっとした楽しみがある。
それは仕事帰りにスーパーに寄り、いわゆる「見切り品」を物色する事だった。人によっては貧乏臭い楽しみだと思われるかも知れない。それに、別に生活が切迫している訳ではないのだが。何気無くスーパーに寄った時分、半額になった刺し身を手に入れて以来すっかりハマってしまったのだ。
自宅に近く贔屓にしているここ、『マルトミスーパー』は規模か大きいほうではないが品揃えが良く、質も良い。それでいて、価格は近隣のスーパーと同じか少し安いくらいだった。
(お!30%オフ発見!鶏モモ肉か…ネギも特売で安かったし…今夜は焼き鳥だな)
値引きシールが貼られたパックをカゴに入れると、野菜売り場に引き返しネギをカゴに入れた。顔を上げると、カラフルなポップが目に入る。
(春キャベツか…鶏肉だけだと何だし、箸休めにキャベツも買っておこう)
嬉しい事に、昨今のスーパーには四分の一サイズが売っている。これなら単身者でも食べ切れるだろう。なるべく綺麗な物を選びカゴに入れると、レジへ向かった。
「あ、こんばんは」
「ああ、こんばんは」
見知った顔に、心なしか気持ちが和む。
女性のレジ係が多い中、彼は唯一の男性レジ係だった。自分よりは明らかに若く、歳は20代後半といった所か。いつだったか、社員だと聞いた事がある。スーパーに足繁く通うようになってからよく見かけており、最近では顔を合わせると挨拶や世間話などをするようになった。
「今日は遅いんですね」
「いやぁ、帰りがけに部下につかまっちゃってね」
「大変なんですね~、お疲れ様です」
「ありがとう」
会計を済ませながら、チラリと名札を見る。
今まで気にしていなかったが『加藤』という名前のようだ。…まぁこちらが知った所で、相手は自分の名前を知らないし、沢山居る『常連客』の中の一人なのだろうが。
エコバッグに買ったものをしまっていると、加藤くんが焦ったように話かけてきた。
「すみません!ポイントカード出して貰うの忘れちゃって…」
「あ…」
見切り品には興味があるが、ポイントカードにはてんで興味が無く、「よく来るなら作った方が得ですよ」と言われて作ったようなものだったから、すっかり忘れていた。因みに、ポイントカードを作るよう進言してきたのも加藤くんだった気がする。
「ああ、もう今日はいいよ。財布しまっちゃったし」
買い物も少なかった為、大したポイントにもならない。「ありがとう」と帰ろうとする私の手にレシートがあるのに気付いた彼が、「レシート、かして下さい」と言ってきた。
「レシートに印鑑押しとくんで、次来た時に出して下さい。今日分のポイント付けますから」
「あ、ああ…ありがとう」
加藤くんの押し負けて印鑑が押されたレシートを貰うと、「じゃぁ」とスーパーを後にした。
「さて、やるか」
風呂から上がって一杯…やりたい所をぐっと堪え、キッチンに向かう。先に風呂に入るのは、食べて酒を飲んでしまうと動くのが億劫になってしまうからだ。
単身者の住むような1DKの小さな台所には大した機能性などもなく、小さなシンクと一口コンロが付いているだけ。それでも私には充分過ぎる程だった。炊飯器、電子レンジ、オーブントースターなどは揃っているし不便さを感じた事はない。
オーブントースターに付属されているアルミの板を取り出すと、アルミホイルを敷く。
立てかけてあったまな板と包丁を用意すると、先程スーパーで手に入れたネギを洗い、3センチくらいにぶつ切りにするとアルミホイルの上に適当に置く。更に鶏もも肉を取出すと、余分な皮と脂肪を切り取り一口大に切ってアルミホイルの上に置いた。
まな板と包丁を洗いながら綺麗になった手を拭き、塩コショウを軽く振る。後はオーブントースターに入れて加熱すれば串なし焼き鳥(塩味)の完成だ。
(焼いている間に…)
先程買った春キャベツを半分ほど剥き取り、ビニール袋に入れる。(残りは明日の味噌汁の具になる)そこに塩昆布、ごま油、少しだけお酢を入れて揉んだら皿にあける。
冷蔵庫から缶ビールを取り出し、キャベツが乗った皿と箸、鍋敷きをローテーブルへと運ぶ。
チーン
テーブルに全てセッティングしたタイミングでオーブントースターが鳴った。服の袖を伸ばしてトースターからアルミの板を取り出すと、そのまま慎重にローテーブルの鍋敷きの上に置いた。
「…いただきます」
先ずはビールを一口。
「あー…」
思わず声が漏れる。一人だから気にしない。
アルミの板のままテーブルに運んだ熱々の焼き鳥に箸を伸ばす。肉とネギ、一緒に口に運ぶと焼き目の香ばしい風味が口いっぱいに広がる。弾力ある肉からじゅわり溢れる塩気の効いた肉汁に、ネギのねっとりとした甘み。余韻を残し、ビールを流し込む。
「美味いなぁ…」
肉、ネギ、ビール、肉…口をサッパリさせたくなり、キャベツを挟む。春キャベツは甘く柔らかい。ごま油と塩昆布がそこにコクを加え、ツマミとして成立しながらもお酢を入れている為口がサッパリする。
手間をかけずにツマミを拵え、のんびり食べてのんびり飲む。至福の時間だった。
以前はよくコンビニで弁当やホットスナック、スーパーで惣菜なんかを買っていたが、次第に味が濃く感じるようになりもたれるようになってきた。たまになら大丈夫なのだが、毎日は流石にキツイ。好きな酒を飲み続ける為にも健康でなければならない。毎日外食する訳にもいかず、簡単なものからと今年に入ってから自炊を始めたのだ。
しかし実際、朝はご飯と味噌汁くらいだし、昼は会社で取ってる宅配弁当だし、夜だって大した物は作らない(作れない)。お世辞にも「自炊してます」とはとても言えたものでは無かったが。自己満足するには充分なレベルだった。
置きっぱなしのエコバッグからチラリとレシートが見えた。
(レシート無くさない内に明日にでもポイントつけてもらうかなぁ…)
ほろ酔いでそんな事を考えながら、ビールを口にした。
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