第八夜∶豚ホルモン

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第八夜∶豚ホルモン

月曜日。 いつも以上に気合いを入れて、ようやくいつものモチベーションまで持ち上げられる。別に仕事が嫌という訳ではないのだが、「休日でリフレッシュした分、仕事頑張ろう!」とはなかなかならないものだ。かと言って、休み続けたいかと言われればそれはそれで違う気がする。バランスの問題だ。 「ふぁ…」 何故か今日は1日中眠たかった。 春眠暁を覚えず。しかし月曜日からこれはマズイ。 欠伸を噛み殺しながらスーパーのカゴを持ち、店内を暫しウロつく。 (うーん…) 眠気のせいか、食べたいものが浮かんでこない。しかし腹は減っている…。こういう時はパッと目に入ったもの(直感)に頼ろう。 (おっ) スタミナ豚ホルモン(下味付きの豚ホルモン)の30%値引きのシールが目に入った。直感が今日はコレだと訴えてくるので、迷わずカゴに入れた。 頭がぼんやりした状態で調理をすると、今一味が決まらない。そんな今の状況に、うってつけの下味付きだ。有り難い。冷蔵庫に少し残っていたキャベツもコイツと一緒に炒めれば使い切る事ができるだろう。 (早く作って食べて、今日は早めに寝よう…) 他のものには目もくれず、一目散にレジへと向かった。 「あ!こんばんは」 「こんばんは」 いつも何気無くレジに並ぶが、高確率で加藤くんのレジに当たるから笑ってしまう。お互い挨拶を交わすと、彼は声をひそめて「この間はありがとうございました」と私の顔を見て言った。 「こちらこそ、ありがとう」 1つしか買い物が無かったため、あっと言う間にレジが終わる。後続の客が居たため、「じゃぁ」とその場を離れた。 「また、連絡します」 背中越しに聞こえた言葉に、思わず振り返る。 加藤くんは一度だけこちらを見て微笑むと、すぐに次の客の商品のスキャン作業をを始めた。 今日は頭がぼんやりしているから、聞き間違いかと思ったがそうではなかったらしい。思わずマスクの上から緩む口元を押さえ、スーパーを後にした。 「さて、やるか」 風呂から上がったが、未だ緩やかな眠気をひきずっている。 フライパンを準備しサラダ油をしくと、豚ホルモンのトレイをひっくり返し、フライパンにあける。 「熱っ!」 手に油が跳ね、思わず手を引っ込めた。すぐに水で手を冷やしたが、ヒリヒリが収まらない。フライパンの上には加熱中のホルモンが乗っかっており、このまま放置する訳にもいかず水を止めると冷蔵庫からキャベツを出した。表面をざっと水で流すと、適当な大きさに手でむしってフライパンに入れていく。ホルモンに完全に火が入り、キャベツにも軽く火が通ったら完成だ。皿に盛り付け、フライパンを洗う。 (ひぃー…) ヒリヒリする。地味に痛い。 火傷や切り傷は料理に付き物だ。薬も無いから、年々遅く頼りなくなってきた自然治癒力に任せるしかない。洗い上がったフライパンを伏せると、出来上がった炒め物とビールをローテーブルに運んだ。 「いただきます」 先ずはビールを一口。 「ふぅ」と一息つくと、炒め物を口に運んだ。 (味付け肉で良かった…) 間違いない美味さだ。自分で調味する肉じゃなくて良かったと、心底思った。火傷してしまう程ぼんやりしているこんな日に、マトモな料理などできる訳ない。 味付きの有り難さを噛み締め、キャベツの甘みに癒やされながら再びビールを一口。そしてホルモン、ビール、ホルモン…永遠にループできそうだ。 ―ピコン スマホが鳴った気がしたが構わず食事を続け、とりあえず食べ終える。片付けて歯を磨き寝るばかりに整えて、ベッドにゴロンと横になった。 (ようやく寝れる…あ、アラーム…) 最後の力を振り絞りスマホを手に取る。 (あ…加藤くんからライン来てる) とりあえずメッセージだけ確認して、アラームをかけた。今の頭ではマトモに返信も出来ないだろう。迷った挙げ句、そのままにしておくのもしのびなくて、『メッセージありがとう、ごめん、凄く眠いから明日ちゃんと返事するね。お休み』とだけ打ち、送信した。 万事、明日になってから… (ごめん、加藤くん…) 重くなる瞼に逆らえず、布団をかぶるとすぐ眠りについた。
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