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休肝日?∶豚平焼きとジャーマンポテト
「お邪魔します」
(…永井さん家に、来てしまった)
最近残業続きだったため、店長から事務作業が早く終わった日は30分でも1時間でも早く帰るよう言われていた。
この日は退勤時間より30分早かったが、やらなければならない仕事を全て終えたため、現場が落ち着いているのを確認して早上がりした。
(折角早く上がったし、何か作って飲もうかな…)
地元では無いため、急に呼び出して飲みに行けるような友達は近くに居ない。しかし明日は休みだし、このまま普通に帰ってご飯食べて寝るのも何だか虚しい。最近少しずつ料理を作る事にも慣れてきたし、好きな物でも作って家飲みしよう。
そう思い、退勤後に買い物をして従業員用出入口から出た時だった。
「永井さん!」
永井さんの姿を見付け、嬉しくなって思わず声をかけていた。
「あ、加藤くんお疲れ様」
「お疲れ様です」
そう言って、穏やかに微笑む永井さんの手にはいつものエコバッグが握られていた。
「今日は早いんだね」
「はい、シフトの調整があって」
「そうか、お疲れ様」
「今日は何買ったんですか?」ソワソワしながら聞いてみた。永井さんは、今日は何を食べるんだろう?
「ん?大根と油揚げだよ」
煮物かな?と思って聞くと、どうやら大根は薬味で、揚げは焼いて食べるようだ。驚く僕に「栃尾の油揚げ」というものだと現物を見せてくれた。
「わぁ、でっかい!これ、油揚げなんですね!」
「そうそう。いなり寿司やきつねうどんの揚げと違って、中がフワフワジューシーで美味しいんだ」
「へぇー、そうなんですね…美味しそう」
グゥ。
想像したらお腹が鳴ってしまい、笑って誤魔化す。「せっかく早く帰れるのに、引き留めちゃってごめんね」と話を切り上げられそうになり、あわてて頭を横に振った。
「先に話しかけたの僕ですし、こちらこそすみません」
「いやいや。加藤くんと話すの楽しいし、気にしないで。いつもオジサンの話相手してくれてありがとう」
「本当ですか!嬉しいです…僕の周り女の人ばっかりで。店長は男の人なんですけど、父親くらいの年齢で気軽には話しかけれなくて…。だから、永井さんと話すの、僕も楽しいです」
永井さんの言葉が嬉しくて、思わず本音が漏れてしまった。
「そう?ありがとう」
寧ろお礼を言うのは僕の方じゃないのかな、そう思った時だった。永井さんが「じゃぁまた」と踵を返し行ってしまいそうになる。せっかくいつもより話せるチャンスなのに…!
「あのっ」
「ん?」
気付いたら、声をかけていた。
勢いで呼び止めてしまったためその先を考えておらず、言葉に詰まる。
「えっと…」
「どうしたの?」
「えっと…もう少し、話、してみたいなー…と…」
「え」
表情が固まった永井さんを見て、しまったと思った。しかしそれ以外の言葉が上手く出てこなかったのだから仕方ない。案の定、まともに永井さんの顔を見ることができず、微妙に視線を逸しながら困ったように笑顔を作った。
「いつも会うときは仕事中なんで、なかなかゆっくり話せなくて」
「……」
「…迷惑でしたよね、すみません!」
黙り込む永井さんを前に気まずい雰囲気になり、慌ててその場を去ろうとする。
「あっ、待って!迷惑じゃないよ…うーん、ここじゃ何だし、お腹も空いただろう?家に来る?」
「え…いいんですか?」
迷惑じゃないという言葉が嬉しかった。
しかし、いきなり自宅にお邪魔していいものだろうか…思わず聞いてしまったが、ここは店先で人目がはばかられるし、永井さんも僕も夕飯を作るつもりで買った物を持っている。よくよく考えると、どちらかの家という選択肢他無かった。
「うん…あ、でも油揚げだけじゃ足りないよね?スーパーに戻って何か買い足す?」
「あ、それは大丈夫です!今日早かったんで自炊しようと思って、材料買ったんです。迷惑でなければ、台所お借りしても…」
「うん、大丈夫」
図々しいよな、申し訳ないな、と思ったが、折角の話せる機会だ。お付き合い頂ける分、美味しいツマミを作ろう!
「何作るの?」
「豚平焼きと、ジャーマンポテトです」
「へぇー、私は作った事が無いな」
良かった。あまり食べない(作らない)ものの方が喜んでもらえるだろう。
「簡単ですぐできますよ。一緒に食べましょう」
「ありがとう。じゃぁ、行こうか」
「はい!」
そして、ついに来てしまったのだ。
永井さんの家に。
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