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一人暮らしだと言う永井さんの家は物があまり無く、自分の家に比べると圧倒的に広く感じた。
荷物を置くと、永井さんは調味料や調理器具の場所を教えてくれたり皿を出したりしてくれた後、着替えらしきものを一式出してきた。
「さて…先にキッチン使って貰って構わないよ。揚げはトースターで焼けるから。悪いけど、今からシャワーさせてもらうね。いつもの習慣で」
「あっ、はい!すみません、ありがとうございます」
正直少し驚いたが、逆に変な気を遣わず永井さんがいつも通りに過ごしてくれていると思うと、自分の気持ちまで楽になった。少し緊張して強張っていた身体も、フッと軽くなる。
(よし、美味しいツマミ作るぞ…!)
揚げをトースターに入れシャワー室に入る永井さんを見送って、僕はキッチンに向き直った。改めて見ても、独り暮らしの男性のキッチンとは思えない程多彩な調味料があり、整頓もきちんとされている。
(この感じだと、彼女が居たりするのかな…)
結婚はしていないのだろうが、彼女が居ないとは言っていなかった筈。考えかけて、軽く頭を振った。今は料理に集中だ。
先ずは、豚平焼きから。
洗ったキャベツをザックリ切って豚肉(切らずに使える小間切れ)と共に油を敷いたフライパンへ。塩胡椒をして、肉に火が通ったら一旦ボウルにあける。かき混ぜて粗熱を取ったら卵を割り入れ混ぜる。再びフライパンに戻して中火。卵に火が入ってきたら半月に形を整えて皿に盛る。最後にお好み焼きソース(好みでマヨネーズ)をかけたら完成だ。
次はジャーマンポテト。
ジャガイモはよく洗って芽をかき、櫛切りに。(短時間で火を通したかったから若干薄め)玉ねぎも剥いたら櫛切り。ウインナーは1本を2等分。斜に切っていく。油を敷いたフライパンに一気に乗せ、ジャガイモと玉ねぎに火が入ったら塩胡椒して完成だ。
「ふぅ…」
いつもは一人分しか作らない為二人分の量が分からず、適当に作ったら2つとも結構な量になってしまった。まぁ3品しかないし、大丈夫かな。
出来上がった料理をローテーブルに運んだ時、スウェットを着た永井さんが髪を拭きながら出てきた。
―ドキリ
一瞬、心臓が跳ねた。
格好こそラフだったものの、風呂上がりの姿は男の僕でもドキリとしてしまうような色気があった。髪が濡れているせいだろうか。
「ごめんね、ありがとう」
「いえ、押し掛けてしまったのはこちらなので」
「いい香り」
「もう出来上ってますよ。何か手伝う事はありますか?」
バクバクする心臓を誤魔化すように言うと、永井さんはトースターを覗き込む。距離が近くなると、石鹸だろうか…いい香りがして落ち着きかけていた心臓がまた暴れ出す。
「後は大根をおろすだけだから、先に座ってて」と言われたのでお皿と箸を持って行く事を申し出た。
「ありがとう」
そう言って、永井さんは僕に皿と箸を渡した。
スーパーで話している時でもそうだが、永井さんはどんな小さな事でも「ありがとう」と言ってくれる。感謝されるとやっぱり嬉しいし、僕もこんな風になれたらなと常々思う。
ローテーブルに皿と箸を運び、腰を落ち着けるとキッチンで作業する永井さんを盗み見た。
(何か…改めて考えると凄いすごい状況だよなぁ…)
スーパーの店員と、常連客。
お互い名前は知っているから「知人」程度にはなるのかも知れないが、「友人」ではないのだ。そんな二人が一緒にご飯だなんて。しかし居心地がちっとも悪くないのが不思議だった。
(いきなり押しかけてきちゃったし、永井さんがどう思ってるかは分からないけど…)
「お待たせ」
「わぁ!美味しそうですね」
永井さんが焼きたてアツアツの油揚げを持ってきてくれた。早く食べてみたい気持を抑え、永井さんはビール、ぼくはレモンサワーで乾杯をした。たまたま家飲みしようと思ってレモンサワー買っといて良かった。
乾杯して一口飲むと、「あぁー」とどちらともなく声が出て、思わず顔を見合わせて笑った。
「栃尾の油揚げ、いただいてもいいですか?」
「もちろん。豚平焼きとジャーマンポテトも食べていい?」
「はい」
お互い皿に取り、口にする。
「外はカリカリ、中はフワフワジューシーですね!こんな揚げ初めて食べました。美味しい」
正直、こんなに美味しいとは思わなかった。
失礼だが、食べるまで「だだの揚げでしょ?」と思っていた事を全力で謝りたいぐらいの美味さだった。夢中でパクつく僕を、永井さんは嬉しそうに見ている。そして、僕の作った豚平焼きとジャーマンポテトを口にした。
「お好み焼き味の卵焼きみたいなのかな?これはビールが進むね。キャベツも豚肉もタップリだ。ジャーマンポテトも美味しいね」
「ありがとうございます」
内心ガッツポーズ。やった!喜んでもらえた。
小躍りしたい気持を食欲に変換して、箸と酒を進めた。実家が離れている為、人が作ってくれる料理を口にするのは久々だった上、他人と食事をするのも久しぶりで余計美味しく感じた。
「店で食べる以外に誰かに作って貰うなんていつぶりだろう…」
永井さんの言葉に、ハッと顔を上げ「僕もです」と頷いた。驚いた。同じ事を考えていたようだ。
「誰かと一緒に食べるのも久しぶりで嬉しいです」
そう言って笑うと、「一人暮らしだとなかなかそんな機会ないよね。僕も久しぶりだよ」と返ってきた。
(と、言うことは彼女居ない…?)
いやいや、さっきから何を気にしているんだ僕は、と頭を振る。
「そういや話したいって言ってたけど、どんな事を話したかったの?」
「えっ」
突然切り出され、頬張った豚平焼きを思わず喉に詰まらせそうになり慌ててレモンサワーで流し込む。そう言えば、この状況は僕のその一言がきっかけだった…。でも、いざとなると面と向かっては少々聞きにくくて躊躇ったが、腹をくくるしかない。
「話したかったって言うか、聞きたかったって言うか…。あの…失礼な事言ってしまってたら、ごめんなさい。結構よく値引きされた商品とか買われるから気になっちゃって…」
「失礼じゃないよ、大丈夫。でも値引き品って僕意外にも買う人いるよね?」
確かに。
そうなんだけれど、永井さんほど外見と買う物がちぐはぐな人は見たことが無くて、そこから興味を持ったのだ。失礼にならないように、慎重に言葉を選ぶ。
「あの、えっと…いつも小綺麗な感じで、あんまりスーパーに来ないようなタイプというか…。そんな方が、見切り品で、しかも生肉とか大根とか買って行かれるから気になっちゃって」
様子を覗うように永井さんを見ると、いきなり可笑しそうに声をあげて笑った。
「はははっ!見た目と買う物のギャップが凄かったって事かな?」
「あっ!そうですそうです!ギャップ!」
それだ!正に言いたかった事を永井さんが言ってくれたので思わず大きく頷いてしまった。
「買い被りすぎだよ、小綺麗にしてるなんて。ただのしがないサラリーマンだよ」
「いや、充分カッコイイですよ!顔もだし、背が高くていつもビシッとスーツ着てて…」
この人は自分のスペックに気付いていないのだろうか。スーパーのパートさん達が永井さんの事、格好良いって見てるの知ってますか?おばちゃん達から好かれたって嬉しくないかも知れないけれど、永井さんが自身の良さに気付いていない事が悔しくて、僕は思わず熱弁してしまった。
「僕なんか全然。彼女だって居ないし」
「えっ!居ないんですか?!」
素直に驚いた。
世の中の女性は何を見ているのだろう?
「もうつくる気もないけどね」
「そうなんだ…寂しくないですか?」
「いや?」
成る程、現状に満足しているという事か。そもそも恋愛が全てとも思っていないし、本人が幸せならそれでいいではないか。永井さんの、そのあっけらかんとした様子は逆に気持ちが良かった。
「そういう加藤くんはどうなの?」
「いや、僕も彼女居ません」
周りは皆、やれ結婚だ、子どもが出来たと落ち着いていく。焦る気持ちが無くはないが、こればっかりは相手ありきなのでご縁が無ければどうしようも無かった。
「僕からしたら加藤くんのがよっぽどカッコイイと思うけど?」
「えっ!カッコイイとか初めて言われました…何か、照れますね」
「本当?」
本当だ。常連のおばあちゃんとかおばちゃんに、可愛いとかはよく言ってもらうが、格好良いとは言われた事が無かった。今の環境では一生ご縁が無いかも知れない、と苦笑いした。
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