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第九夜∶ホタルイカとワカメの酢味噌和え
(今日は加藤くん居るかな…)
定時上がり、私は足早にスーパーへと向かった。
ラインの返事を朝イチでしようと思ったのだが、今朝は珍しく遅刻寸前でバタバタしてしまった。アラームをかけたのだが、知らない内に止めてしまっていたらしい。
こういう日に限って仕事中も予期せぬ出来事やトラブルが起こったりするもので、今日1日ずっと落ち着かない状態だった。定時で上がれたのは奇跡だと言っていいだろう。お陰で結局、今の今まで返事をする事ができないでいた。
どうせ今日もスーパーに行くのだ。
加藤くんは恐らく仕事中なのでプライベートな約束の話は流石に出来ないが、せめてすぐ返事が出来なかった事を謝りたかった。
スーパーに着きカゴを持つと、チラリとレジを見た。加藤くんは居ない。今日はレジでは無いようだ。店内を見てまわっていれば、何処かで会えるだろう。私は気を取り直して野菜コーナーに向かった。
(うーん、今日は惹かれるものが無いなぁ…)
食べたいと思う野菜も無ければ、特に値引きされたものもない。慌てて買わなくても、家の冷蔵庫にはレギュラー(トマトとキュウリ)がいる。今日は買うのを止めておこう。
そのまま鮮魚コーナー、精肉コーナー、惣菜コーナーとまわったが今日はどうして、ピンと来る物が無い。それどころか…
(今日は休みかな…)
そう、加藤くんの姿が見当たらないのだ。
これでは詫びる事も出来ないし、夕飯も食いっぱぐれてしまう。私は仕方なしに2周目に入った。
野菜コーナーを抜け、鮮魚コーナーへ。
「あ」
私は思わず小さく声を上げた。ボイルされたホタルイカ(20%引き)を見つけたのだ。ご丁寧に、酢味噌が付いている。
(今が旬だよな…)
最近は旬の物を見ると、無性に食べたくなる。ホタルイカをカゴに入れようとした時、これまた新ワカメが目に入った。こちらも今が旬の筈だ。
(イカとワカメ、海のものどうしだから酢味噌で一緒に和えたら美味しいかな…)
よし、挑戦してみよう。
ワカメも一緒にカゴに入れた。その時だった。
「こんばんは!」
「あ!こんばんは」
加藤くんが鮮魚コーナーと精肉コーナーの間にあるバックヤードの扉から出て、こちらに向かって来た。
良かった、会えた。
「昨日はちゃんと返事出来なくてごめんね。今朝返そうと思ったんだけど寝坊してしまって…」
落ち着きを装って伝えたが、内心は自分でも滑稽なくらい焦っていた。それは何故か?…多分、彼に嫌われたく無かったからだ。
加藤くんは一瞬キョトンとしたが、直にいつもの表情に戻った。
「お疲れ様です。ラインの返事は遅くなっても大丈夫ですよ?それより眠気は収まりましたか?」
「うん、今はもう大丈夫。ありがとう」
目に見えて不機嫌になる事は無いだろう、とは思ったが、あまりに普段通りな様子に少しだけ拍子抜けしてしまった。いや、安堵したと言った方が正しいかも知れない。
「ごめん、仕事中だよね。それだけ言いたくて。またご飯行く日は改めてラインで連絡するね」
「あ…そうですね。ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう。じゃぁ」
「はい、お気を付けて」
そう言うと、私はレジに向かった。言いたいことも言えたし、来た時より気持ちがだいぶ楽になっていた。
「よし、やるか」
風呂上がり、袖まくり。
ボウルを出すと、その中にボイルされたホタルイカを入れる。新ワカメも既に茹でられているので、適当な大きさに切ってボウルに入れる。そこに付属されていた酢味噌を入れて(味が少し薄かったので合わせ味噌を足した)混ぜたら完成だ。
流石にこれだけでは少ないので、買い置きしてあった乾蕎麦を茹でた。水でしめて皿に盛り、稀釈用の麺つゆで作った付け汁とネギ、ワサビを添えた。全部の料理と酒(今日は焼酎のお湯割り)を2回に分けてローテーブルへと運ぶ。
「いただきます」
先ずはお湯割りを一口。ほっ、と口内が温まる。そしてホタルイカとワカメを口に運んだ。クニクニしたイカと、シャキシャキしたワカメの食感の違いが面白い。ホタルイカは小さくまるごとボイルされているので必然的に内蔵も一緒に食べる事になる。その独特な臭みを嫌う人もいるが、酒飲みにはたまらない肴だった。
間に挟む蕎麦、久しぶりに食べたが喉越し良くするすると入っていく。焼酎との相性も抜群だった。
(あ、ライン返さないと…)
食事中。マナー的にはよろしく無かったが、後になれば成る程酔が回ってマトモに返せなくなる。私はスマホを取り出し、改めて加藤くんから送られてきたメッセージを確認した。
『お疲れ様です。
先日はありがとうございました。とても楽しかったです。永井さんの都合が良ければ、来週の金曜日の夜か、再来週の土曜日夜はいかがでしょうか?』
(ふむふむ…夜ということは両日共に仕事で翌日が休みなのかな?)
ホタルイカをつまみながら一旦ラインを閉じ、予定表の画面を呼び出す。基本的に予定は無いのだが、念のため。すぐ予定表の画面を閉じると再びラインを開いた。
『お疲れ様。こちらこそ楽しかったよ、ありがとう。どちらの日でも大丈夫だから、加藤くんが決めてくれて構わないよ』
打ち込んで、送信する。
一息ついて蕎麦をすすり、焼酎を口にした時「ピコン」とスマホが鳴った。
『じゃぁ、来週の金曜日でもいいですか?場所はどうしますか?この間お邪魔してしてしまったので、僕の家に来ますか?』
この間はたまたま流れで家になってしまっただけなので、今回は外でと返事をすると『おすすめのお店があれば行ってみたい』と返ってきた。
(おすすめの店ねぇ…)
普段は家飲みばかりだが、別に外食が嫌いな訳では無い。最近めっきり減ったが、30代くらいの頃は一人でも結構あちこち飲みに出たりしていたものだ。
(仕事上がりという事は近場の方が楽かな…)
何軒か店をピックアップし、URLを貼り付けて加藤くんに送ると、数分後に『ネパール料理の店がいいです!』と返事が来た。
『了解。この日は仕事かな?スーパーで待ち合わせてから行く?』
『はい。仕事ですが18時には上がれると思います!
お店の地図を見ましたが、場所がわかりにくい上に方向音痴なので一緒に行って頂けると有難いです』
『じゃぁ18時頃スーパーの前にいるね』
『ありがとうございます!楽しみにしてます!
お休みなさい』
『お休み』
プライベートで誰かと待ち合せてご飯なんて、いつぶりだろうか。
久しぶりに少し楽しい気分で再び焼酎を口にした。
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