第十夜∶モモ、チョエラ、チャゥミンetc…

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第十夜∶モモ、チョエラ、チャゥミンetc…

金曜日。 約束の18時まで時間に余裕があった私は仕事後に一度帰宅し、シャワーだけ済ませてからマルトミスーパーへと向かった。 スーパーの前に着くと、丁度18時。 定時に上れれは10分くらいしたら加藤くんは出てくるだろう。中で時間を潰しても良かったが、万が一彼が早く出て来た時にすれ違ってしまわないよう、スーパー前の邪魔にならなさそうな場所で待っていた。 「永井さん!」 「あ、お疲れ様」 「お疲れ様です!寒い中お待たせしてしまってすみません」 「大丈夫だよ」 10分も経たず現れた加藤くんは、私の姿を見付けると駆け寄ってきてくれた。その姿が微笑ましくて、思わず笑顔になる。 「じゃ、行こうか」 「はい!」 歩きながら、昔の記憶を引っ張り出した。今から行くネパール料理の店は確かそんなに広くは無かった筈だ。金曜日だし、早く行ったほうが確実に入れるだろう。ここからは10分弱といった所か。 「ネパール料理は食べた事ある?」 「インドカレー屋はたまに行きますけど、ネパール料理はないです」 「だいたいインドカレー屋ってネパールの国旗も飾ってあったりするけど、ネパール料理って言われてもピンとこないよね」 「はい!どうせなら、普段食べないもの食べたいなと思って」 「確かに」 同感だ。 家で作れる物やスーパーでも売られているような惣菜を、わざわざ店でお金を出してまで食べるのは何だか勿体ない気がした。それでも食べたい時は食べるのだが、私も基本的に普段食べられない物を食べたかった。 「何があるのか楽しみです!」 「私もネパール料理は久しぶりだよ。楽しみだね」 「はい!」 仕事終わりだというのに、マスク越しでも分かる眩しい笑顔。相変わらずの好青年だ。 大きな横断歩道を渡り、2本目の細い道を入る。大通りから離れた住宅街の一角に、周りより明らかに明るさを放つ場所があった。「あそこだよ」と指差すと、彼は苦笑いした。 「一緒に来て正解でした。これ、僕一人だったら絶対迷ってます」 「僕も最初は迷ったよ」 笑いながらドアを開けた。 「イラッシャイマッセー!」 独特なイントネーションと満面の笑みで迎えてくれたのは、ガッチリした体型のネパール人の青年だった。指をピースにして「フタリデスカー?」と聞いてきたので頷くと、一番奥の4人がけのテーブルに案内された。 店内は縦に長く、4人がけのテーブル席だけが5つある。大して広くないので、全ての席から物置き状態のカウンター越しに厨房内がよく見えた。厨房の中では恰幅の良いネパール人(おそらく店主だろう)がフライパンを振るっている。 客は私達の他に2組、男性1人で来ている客と女性二人組が1卓ずつ使っていた。男性は既に食事をしており、女性客達は注文を済ませたのか水を飲みながら談笑している。 (これなら料理もすぐ出てきそうだな…) 「ゴライテン、アリガトゴザマース!」 若いネパーリは相変わらずいい笑顔で、水、おしぼり、そしてメニューをテーブルに置いていった。 「めちゃくちゃ雰囲気あるお店ですね」 加藤くんが店内をキョロキョロと見回す。 「ははは、そうだね。とりあえず飲み物は…」 「ビールにします!永井さんは?」 「僕も。料理は…加藤くんお腹空いてるよね?」 「はい」 「じゃぁ腹に溜まるものがいいかな…」 「あっ、でも1品で溜まっちゃうものより色々食べてみたいです」 「成る程…」先程からチラチラと若いネパーリがこちらを気にしている。とりあえずでも、注文した方が良さそうだ。 「嫌いな物やアレルギーは?」 「ありません」 「最初は料理、適当に選んでもいいかな?」 「はい!お願いします」 「すみません!」 「ハーイ!」 待ってましたとばかりに、ガッチリした身体つきからは想像できないような身軽さで若いネパーリがやって来る。 「ビール2つと、モモ、チャゥミン…チキンチョエラ」 「ハーイ!」 サラサラと紙に書き込んでから、カウンター越しに店主にネパール語でオーダーを通す。それからすぐ、ビールを運んできてくれた。 「お疲れ様」 「お疲れ様です」 乾杯して、ビールを一口。 「あーっ、美味しい」 美味しそうに飲む加藤くんに、思わずこちらも笑顔になる。久しぶりに店で飲むビールは普段飲む缶ビールより炭酸が柔らかく、いくらでも飲めそうだった。 「で、何でしたっけ…モモと、チャ?チョ?」 「チャゥミンと、チョエラね」と笑いながら答え、料理の説明をする。 「モモは、簡単に言えばカレー味の蒸し餃子。チャゥミンはネパールの焼きそばで、チキンチョエラはチキンのスパイス和えだよ」 「成る程∼!詳しいですね!」 「一時期ハマってよく来てたんだよ」 「シツレシマース!サービスデス!」 「えっ」と驚く加藤くん。私はネパーリに「ありがとう」と笑い返した。 「サラダは分かるんですけど、これは…」 「パパドだよ。豆で作られたお煎餅みたいなやつ」 20 cmくらいの丸くて白いパパドは揚げてあり、表面がテラテラしている。厚みはなく、手で持つとパリッと音をたてて簡単に割れた。揚げたてのそれを口にはこぶと、豆の味はさほどしないが強めの塩気と油で酒が進む。 「うわ…これ、あんまり味ないけどしょっぱくてビール進みますね」 「うん、そうだね。サラダとパパドは結構サービスって出してくれる店が多いんだ」 「へぇー!気前がいいんですね!」 「シツレシマース!チャゥミントチョエラデス」 ホワッと湯気を上げたチャゥミンとチョエラをテーブルの上に置くと、すぐに取り皿を用意してくれた。こういうお店では珍しく、よく気が付くネパーリだ。 「ありがとう」 声をかけると彼はニコリと笑い、「ゴユクリドーゾ」と先にいた客の会計をしにレジに行った。 「永井さんのそういう所、いいですよね」 「え」 何がだろう。 全く思い当たるフシが全く無い私は首を捻った。すると彼は可笑しそうに笑って「さ、料理食べましょう」と話題を変えてしまった。
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